映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』を見て
名立たるラグジュアリーブランドのデザイナー、マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)の映画『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』が先月公開され、私もすぐに見に行ってきました。
マルジェラは「ファッション界の透明人間」、「ファッション界のバンクシー」と呼ばれています。そのキャリアを通して、一切、公の場に姿を現さず、あらゆる取材や撮影を断り続け匿名性を貫いています。
私は映画を見ながらいつ顔を見ることができるかと待ち望んでいたのですが、最後まで叶いませんでした。見ることができたのは縫い目をいじったり、マネキンにグリッターを塗ったりする彼の手だけ、それにやわらかな彼の声でした。
映画の中で、マルジェラ自身が語る言葉と映像の記録は大変貴重なものばかり。ミステリアスであり続ける彼をドキュメンタリー映画に仕上げたライナー・ホルツェマー監督の力量に感動させられました。
1989年のパリコレにデビューし80年代から続いていた華やかで煌びやかなファッションを否定するかのような破壊的な脱構築スタイルを提案したマルジェラ。そこにはこれまで語られることのなかったプライベートな記録が明かされています。ベルギーのルーヴェンに生まれ、ドレスメーカーだったという祖母の影響もあって7歳でバービー人形の服をつくったことや、アントワープ王立芸術学院でファッションの基礎を学び、ジャン=ポール・ゴルチェのアシスタントとなってその大胆さを身に付けたこと、とくにゴルチエは憧れの存在で、偽のバッジをつくってそのショーに忍び込んだことなど、面白おかしく披露しています。
その作品は、シュールレアリズムや歴史的なファッションからインスピレーションを得て、過去と未来の衝撃的な衝突を表現したものが多いようです。最初のモチーフの一つは、17世紀の王族が使用していたジャボと呼ばれる装飾的なビブだったとか。顔を隠すこと、変装することに重点を置いてデザインしているのは、その方が服へのインパクトが増すからとも、また彼が人前に出ることを嫌っていたからだともいいます。
初期の頃、マルジェラは目立たないように、自分の服に自身の名前を付けることさえしていませんでした。その代わりに、人々が誤った糸と勘違いするような小さなステッチを4つ、背中に付けたのです。それが有名なカレンダータグの始まりだったといいます。
シルエットは実験的かつファッションの既成概念に一石を投じるようなデザインで、常にドラマチックです。中でも独創的なのが廃棄物を拾ってつくったもの、例えばシャンパンのコルクと黒いリボンを使った頑丈で精巧なネックレスや、割れた皿の破片をワイヤーで自由落下させたウエストコート、軍用の靴下で作ったセーター、食料品の袋で作ったタンクトップ、さらにガムテープを使った仕立てなど。いずれも茶目っ気があって、ポストモダン的で、しかもシックです。
マルジェラは早い段階で、服が自分を物語っていると考えるようになったといいます。インタビューや写真撮影を断念した理由について、「自分が守られていると感じられれば、もっと多くのことを提供できると思ったから」と語っています。
本作ではマルジェラの創作にまつわる様々なミステリーが解き明かされます。革新的で大胆不敵、本質を見極め、決して妥協しないとみられてきたマルジェラですが、実は大変繊細で優しい気持ちの持ち主だったことも分かりました。
この異端児、マルジェラが1997年、エルメス(HERMES)のレディスプレタポルテのデザイナーに就任したニュースが流れたときは、ファッション業界にちょっとした衝撃をもたらしました。私も驚かされましたが、その究極のミニマリズムは “マルジェラらしくない″と言われながらも高く評価されたことが思い出されます。2003年に退任し、ブランド20周年となる2008年、デザイン活動を終了すると決断。2009年に51歳にして突然引退してしまいました。
その後はアートに専念、モダンアーティストとして今月20日から初めての個展をパリのギャラリー「Lafayette Anticipations」で開催中です。展覧会はマルジェラがこれまでキャットウォークで見せてきたような、非定型でアートの境界を押し広げるようなものだそう。
今後はアートの分野でどのような活躍を見せるのでしょう。楽しみです。