旅行・地域

2016年9月 6日 (火)

登呂遺跡以上に素晴らしかった芹沢銈介美術館

 芹沢銈介は型絵染の人間国宝です。このブログでも2014.10.13付けで、生誕120年記念で開催された「芹沢銈介の世界展」をレポートしていて、一度訪れたいと思っていました。

Img_6009j1pg  この芹沢銈介の美術館へ、先般といっても少し前のことですが、行ってきました。静岡市内にある弥生時代の集落遺跡、登呂遺跡を見たついでという形で立ち寄ったのですが、登呂遺跡以上に素晴らしくて、感銘しました。

 建物は木立の奥に佇んでいて、控えめな感じです。入口はさほど広くはないのですが、館内はゆったりとしていました。木の香りがする展示室は、落ち着いた和の雰囲気に満ちています。Imgp87721池を巡るように配されているのも印象的で、登呂公園の遺跡と自然に溶け込み合っているようでした。
 ちょうど企画展「布と模様のハーモニー -芹沢銈介の着物とアンデスの染織-」が行われていて、芹沢銈介の代表作、「貝文着物」「沖縄風物文着物」など独創的な着物と、芹沢が収集した古代アンデスの染織コレクションが展示されていました。
 そのユニークな模様表現をたっぷり堪能したひとときでした。

 東京からそれほど遠くはありませんし、デザインを学ぶ方には、ぜひおすすめしたい美術館です。

Img_60041jpg  なお芹沢圭介の家も一般公開されていました。
 宮城県北部にあった家を東京に移築し、自ら改装したという板倉造りです。
 ここは写真撮影可で、居間が再現されていました

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2016年9月 3日 (土)

旅の思い出 青森周遊の旅 ⑺ 恐山から下北半島を一周

 和辻哲郎の名著「風土」を読み、日本でもっとも日本らしい風土の一つに下北半島の恐山が挙げられていました。「死霊が集まるとされる恐山」の記述もあり、名前からしておどろおどろしい感じです。
 でも一度訪れてみたいと、好奇心をそそられていました。

Imgp86491jpg  むつ市から車を走らせ、山中をしばらく行くと、湖が見えてきて、硫黄の匂いがしてきます。「三途の川」と書かれた朱塗りの太鼓橋を渡ると霊界ということのようです。
 ちょっと身が引き締まります。

 さらに進むと広大な駐車場があり、その前に広がるのが恐山です。

 そこは曹洞宗の巨大な寺院でした。今からおよそ1200年前に慈覚大師円仁により開基された霊場です。
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 特別な催事もないようで、静かでした。朝の光に包まれて明るく、以前テレビで見た幻想的な感じもしません。普通のお寺のように見えました。
 でもふと左手の小屋を見ると、何人かの人が集まっていて、そこでイタコの口寄せらしいものが行われていたように思われましたが---。
 また参道の両側に何と温泉があったのも印象的です。

 正面左側には小高い岩山があって、頂上には仏の像が立っています。順路の石ころ道は地獄巡りをするようにつくられていて、地獄谷などの標識があったり、火山ガスが噴き出しているようなところがあったり、また小さなお堂があったりします。
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 そこを下ると、入口で見た宇曽利湖です。荒れた岩地を歩いてきただけに、少し安堵といったところです。水辺にはお地蔵さんと「希望の鐘」があり、穏やかな浄土が意識されているようでした。

 そんな霊場の恐山からマグロで有名な大間を経て、下北半島の景勝地、仏ヶ浦にも行ってきました。
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20160501133730imgp90201  仏像のように削られた岩々がそそり立っています。海底火山の噴火でつくられたとのことで、岩肌は淡い緑色をしています。

 恐山といい、ここ仏ヶ浦といい、下北半島は不可思議なところでした。

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2016年9月 2日 (金)

旅の思い出 青森周遊の旅 ⑹ 大自然を満喫

20160430135202imgp86411  青森県の山といえば八甲田山。映画「八甲田山」でもおなじみです。この八甲田山中の酸ヶ湯に宿泊しました。
 朝は前の晩から降っていた雪が止み、次第に晴れて絶好のドライブ日和となりました。
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 八甲田ロープウェイの山頂駅では、絶景の雪景色が広がり、大自然を満喫しました。

 スキー客もちらほら。今回はスキーをする予定はなく、横目で眺めただけ。外国人がかなり多く、バックカントリーツアーを楽しまれているようでした。
 この日の夜、そのうちの一人が行方不明になったというニュースが流れ、ちょっとビックリ。スキー場では、コースの外を滑降する外国人スキーヤーを、何度も目撃しています。怖いもの知らずのようで、遭難しないかと、他人事ながら心配します。

Imgp84931  十和田湖方面へも車を走らせました。奥入瀬渓流はまだ早春といった感じで、新緑の間から流れる水がきれい! 滝もたくさんあります。
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Imgp85061_2  十和田湖の乙女の像のあたりを散策しました。学生時代に来たことがあったのですが、当時の記憶はすっかり薄れて、改めてその美しさに感動しました。

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旅の思い出 青森周遊の旅 ⑸ 弘前城は枝垂れ桜が満開

Imgp70431  今回の青森への旅は、ゴールデンウィーク前半で、桜の開花時期でもありました。ですから弘前のソメイヨシノには期待していたのです。
 弘前公園で日本一と称賛されるソメイヨシノが見られると思っていたのに----、その多くは、早くも葉桜になりかかっていました。

 でも弘前城周辺の枝垂れ桜は満開で本当に見事でした。たくさんの美しい桜花に囲まれて、幸せ気分に浸ってきました。
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Imgp70581jpg  天守閣に上りましたら、狭間(天守の窓)から岩木山が望めました。
 山頂は雲でおおわれていましたが、それでもうっすらと見えて感激でした。

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2016年9月 1日 (木)

旅の思い出 青森周遊の旅 ⑷ 太宰治記念館「斜陽館」

 太宰治は小説「斜陽」など、よく読んだものでした。この小説の名前を冠した太宰治の生家「斜陽館」にも行ってきました。
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 明治期の貴重な木造建築物として、国の重要文化財建造物に指定されている、さすがの豪邸でした。こんなにも裕福な生まれだったからこそ、生きる理由を突き詰め過ぎて、自死してしまったのでしょうか。

20160429095350imgp82581  和洋折衷の重厚な建物内の一角に、太宰治誕生の部屋がありました。
 写真右がそれで、明治42年6月19日、この小間で生まれ、「ひどく安産だった」そうです。大地主の家に生まれた太宰は、生まれながらにして罪が深いと感じていたようで、「生まれて、すみません」と書き残しています。人を思いやる気持ちが人一倍強かった作家の言葉が紹介されていて、ここが太宰文学の出発点だったと改めて感じ入りました。
 すっきりと落ち着いた感じが印象的でした。

Img_57971  右写真の襖絵の間は、母の居室だったそうです。襖の漢詩に「斜陽」の文字があるところから、「斜陽の間」と言われて親しまれたと紹介されていました。

 蔵は資料室になっていて、太宰の足跡が偲べます。

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 この後、「斜陽館」前の津軽三味線会館で、津軽三味線の演奏を楽しみました。「津軽じょんがら節」など、息の合ったお二人のライブはさすがに切れ味鋭く、思い出されます。

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2016年8月31日 (水)

旅の思い出 青森周遊の旅 ⑶ ねぶたの家「ワ・ラッセ」

 青森と言えば、ねぶた祭りです。お祭りには行けませんでしたけれど、青森駅前にある“ねぶたの家「ワ・ラッセ」”で、にぎやかな気分を味わってきました。
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Imgp69991  その迫力はまさに超ド級。スケールが並外れて大きい! 衝撃のアートでした。これが街中を練り歩きながら、踊り手たちが乱舞するのですね 今度ぜひ見てみたいものです。
 ちなみに「ワ・ラッセ」とは、ねぶたのかけ声の「ラッセラー」と「笑い」をかけた造語だそう。威勢のいい笑い声が響いてくるようでした。

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旅の思い出 青森周遊の旅 ⑵ 棟方志功記念館

 (このブログの8/26の続きです。)
 青森に行ったらぜひ訪れたいと思っていたのが、棟方志功記念館です。建物は校倉造りを模したような感じで、風情のある日本庭園がありました。
 枝垂れ桜が満開でした。
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 鎌倉市の鎌倉山には以前、棟方志功のアトリエがあり、そこが美術館になっていて、私も時折散歩したものでした。ところがいつの間にか、それがなくなってしまいました。

Img_57701  再び目にした今回の展示は、春らしい「柳緑花紅」がテーマでした。
 花札の図柄をヒントに自然を装飾的に描き出したものが多く、その独特の作風、裏から絵具を浸み込ませる「裏彩板画」の技法など、異彩な魅力を放っていて、改めて魅せられました。

Scan0457_2  志功は、版画のことを板画と表現しています。 板の木の魂をじかに生み出さなければダメとの思いから、あえて板という字を使っていたそうです。
 ビデオで片眼しか見えない志功が、板に顔がつくほど近づいて制作する姿を見ました。板の声を聴きながら仕事をしていた、と感動しました。

 左はそのときのチケットで、釈迦十大弟子の中の「舎利弗の柵」です。

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2016年8月26日 (金)

旅の思い出 青森周遊の旅 ⑴ 三内丸山遺跡を訪ねて

 今年のゴールデンウィークに、青森県をほぼ一周する旅行をしました。車でしたから、かなりいきあたりばったりで、いろいろなところに行ってきました。
 ときまさに春爛漫の候で、桜が満開でしたが、山は雪景色。そのことを忘れないうちに、主なスポットを記しておきます。

 最初に行ったのが、三内丸山遺跡です。私は歴史マニアで、とくに古代の遺跡に興味があります。
 平成4年、ここで縄文時代前期から中期の大規模集落跡が見つかり、ぜひ訪れたいと思っていました。
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 広々とした敷地に入ると、物見やぐらのような巨大な物体が見えてきます。
 これは祭祀用なのか、何なのか、目的はわからないといいます。

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Img_57311jpg_2  点在しているのは竪穴式住居跡で、15棟が復元されているとのことでした。床は地面を掘り進んでつくられていて、中央には炉がありました。

 長さが32mもある大型の竪穴式住居跡にも入ってみました。これは集会などに利用されていたようです。

20160428114758imgp81551  大型の掘立柱建物跡です。ここには6本柱の長方形の建物があったと考えられているそうです。穴の中には、直径1mものクリの柱が残っていました。

 クリといえば、縄文人の主食はクリの実で、この集落は広大なクリ林に囲まれていたといいます。
 食料は豊富で、戦いをした痕跡もないことから、ごく平和な暮らしを楽しんでいたようです。

 この他、盛土といって、たくさんの土器や石器、土偶などが捨てられた場所を見学したり、子どものお墓を見たり---。人は亡くなると土器に入れて埋葬されたといいます。

20160428105010imgp81091  ミュージアムでは、たくさんの縄文式土器をはじめ、ムンクの「叫び」の絵のような土偶(写真右)や編カゴ(下の写真左)、漆を使ったイアリングなどのアクセサリー類(下の写真右)など、興味深いものがずらり。
 およそ5000年前のものとは信じられない、すばらしいコレクションでした。
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 ここではミュージアムもガイドさんもすべて無料だったこともうれしかったです。

 発掘はまだ始まったばかりといいますし、縄文の扉がさらに開いて、いつか世界文化遺産へ登録される日が来ますことを、私も待ち望んでいます。

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2016年8月25日 (木)

湯殿山大日坊瀧水寺 即身仏は清らかな衣をまとわれて

 森 敦の「月山」という小説の中に、即身仏の記述があります。今夏、ここ庄内地方にやって来た私、好奇心からちらっとでもいいのでそのお姿を拝観できたらと、湯殿山大日坊瀧水寺に立ち寄りました。

 Imgp90581住職の法話の輪の中に入れていただいた後、参拝者らとともに隣の部屋に通されました。ここにあの神秘の即身仏が安置されているのです。ちょっと緊張します。
 そこは光が差し込む明るい和室でした。想像していたようなうす暗い場所ではなかったことこともあり、少し前まで抱いていた恐怖感のようなものはなくなりました。
 お祓いを受けて、即身仏の真如海上人と対面します。清らかな衣をまとわれて、微笑んでいるような穏やかな表情に見えました。ロンドンやパリのミュージアムで見たミイラとは随分印象が違います。住職によると、今から200年以上前に起こった天明の大飢饉で民衆を救うため、自ら進んで生き仏になられたとか。
 明治時代の神仏分離で、この寺も焼き打ちに遭ったそうですが、この真如海上人だけは遺言により別棟に置かれていて、助かったといいます。死後の災厄まで見通していた高僧だったようです。

 ところで即身仏は海外でもトピックスになっていて、外国人もよく見えるそうです。英国BBCの記者が来訪し、特集番組がつくられるなどしているといいます。あるときこの記者がお守りを買って帰国したら、そのおかげか、交通事故にあっても無事だったというお話しをされ、私もそれほど信じているわけでもないのに、つられて購入してしまいました。
 お守りの中には、美しい紅白の小布が入っていました。これは12年ごとに衣替えする即身仏の衣の切れ端だそうです。何かいいことがありますように、願っています。

 本当に好奇心の塊と自分でも思う私。摩訶不思議な神秘の世界をほんの少しだけ垣間見ただけでしたけれど、満たされたような気分になりました。

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羽黒山・出羽三山神社へ 2446の石段を上る

 修験道の山、羽黒山・出羽三山神社には、以前スキーで山形蔵王に行ったとき、訪れようとしたことがありました。そのときはお正月で道路が大渋滞していて、たどり着けなかったのです。
 今回は何としても行ってみたいと、羽黒山の宿坊のような旅館に宿泊しました。石段が2446段もあると知り、ちょっと恐れをなしましたけれど、何とか踏破。山頂の出羽三山神社に参拝してきました。

20160813082534imgp02051jpg まず入口の随神門をくぐって、坂道を下ります。
すると朱塗りの神橋が見えてきます。その奥に滝があって、月山から水路を引いてつくったものだそうです。
 何となく清々しい気分になります。

20160813083402imgp02241jpg  その先を行くと国宝の羽黒山五重塔です。
 明治時代の廃仏毀釈で、神仏習合だった羽黒山は神社となり、寺院や僧房は取り壊されたといいます。しかしこの塔だけは奇跡的に残されたのですね。
 素木造りという、いかにも古びた感じの塔でした。

Imgp90391_2  ここから石段が始まります。フーフー言いながら、杉の古木に囲まれた参道を上りました。

 やっと赤い鳥居が見えてきました。あの鳥居を抜ければ到着です。2446段の石段ももうすぐおしまい!

 山頂の出羽三山神社は、月山神社と出羽神社、湯殿山神社の三神合祭殿のお社でした。とはいえ造りは豪壮で、権勢を誇った寺院の面影が感じられました。
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 外国人の姿も時折見かけましたが、ここは神聖な場所らしく、静かで落ち着いた雰囲気で、とてもよかったです。

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