旅行・地域

2018年8月25日 (土)

伊豆の下田でペリー来航の歴史を偲ぶ

 (昨日のブログの続きです。)
 天城路を下り、河津から下田を訪れました。ここはずっと昔、一度来たことがあるのです。

 下田城のあった下田公園で、天守跡に上り港の景色を眺めました。
Imgp02281 美しい下田湾です。
Imgp02271_2  今はもう、すっかり整備されていて、港も美しい。

Img_39731  港には「ペリー艦隊来航記念碑」が立っていました。この記念碑は、かつてここにはなかったはず、と思って調べましたら2002年にこの場所に移設されたとのことでした。

 ここでしばし、ペリー来航の歴史を偲びました。
 幕末に結ばれた日米和親条約により、下田は函館とともに日本で最初の開港場となり、ペリー提督は黒船でこの町にやってきたのですね。そのとき一行が歩いた道が、平滑川沿いのペリーロードです。

 柳並木の風情のある小径がペリーロードです。Img_39601  この辺り特有のなまこ壁の家や石造りの洋館が建ち並び、古民家も残っています。

20180815_1130441  石畳みの道も レトロな趣たっぷり。

20180815_1127521  ペリー一行は、その先にある了仙寺で、和親条約の細則を定めた全13箇条からなる下田条約に調印したのだそうです。

 了仙寺の横には黒船ミュージアムがありました。

 それにしてもこの街では、黒船とか開国といった言葉をたくさん見ました。昔来たときはそれほどでもなかったのに---。それだけ観光に力を入れているのですね。人も車も多くて大渋滞、太鼓祭りとかもあって賑やかでした。
 ペリーももし生きていたらびっくりですね。

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2018年8月24日 (金)

伊豆半島 「踊り子歩道」天城山隧道から河津七滝を散策

 旧盆の頃というと、毎年登山に出かけています。それも涼しい2,500m級の山です。ところが今年はお天気が不安定で、天気予報によると雨です。
 そこで今年は比較的晴れそうな伊豆半島へ、それもこれまで行ったことのなかった南伊豆へ行くことにしました。
 沼津から天城路へ向かいます。道路は1本しかなく、やはり渋滞していました。道の駅「天城越え」に到着すると、「踊り子歩道」はすぐそこです。川端康成の名作「伊豆の踊子」の舞台となったところで、私も以前から散策したいと思っていました。

Imgp23351jpg  「天城越え」の名曲に歌われた名瀑、浄蓮の滝を過ぎて、天城トンネルに到着。 正式名称は「天城山隧道」です。トンネルの上は天城峠です。
Imgp23151_2  手前にその石碑が立っていました。
 ここは明治38年に完成した日本初の石造道路トンネルで、2001年に国の重要文化財にも指定されています。 

Imgp23252  「暗いトンネルに入ると冷たい雫がぽたぽた落ちていた。」と小説にあるように、薄暗いアーチの中は涼しくて、外の猛暑がもう嘘のよう。涼風が吹き抜けて、まさに天然の冷房装置!でした。 気持ちよかったですね。

 次にループ橋を通過して河津七滝へ。それにしても突如現れたループ橋、ほんとうにスゴイです。ジェットコースターに乗っているかのようで、目が回りそうになりました。こんなところにほぼ垂直の螺旋形の橋があったとは! 驚くと同時に天城越えがかつていかに難所であったか、わかった気がしました。

 河津七滝では、最奥にある“猿が淵”という沢まで登りました。緑深い渓谷沿いには、踊り子と学生のブロンズ像があちらこちらに建っていて、踊り子一行を偲ばせます。
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Imgp23571  最初が初景滝です。
 何とキャニオニングしている若者たちがいてびっくり! 
 滝下りを「ウオータースライダー」っていうらしいのですが、最近流行っているようです。話を聞きましたら、この日は30人くらいがスライディングを楽しんだと言っていました。

Imgp24031  蛇滝、エビ滝、釜滝と変化に富んだ滝が次々に現れます。滝に近いほど涼しく、一時、暑さを忘れました。

 「伊豆の踊り子」一行もこの空気を吸いながら歩いたのですね。そんな風情を感じながら、山を降りました。

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2018年8月22日 (水)

服飾文化学会夏期セミナー⑹ 児島学生服資料館を訪れて

 倉敷市児島はジーンズだけではありません。ここは全国一の学生服の産地でもあるのです。
 その老舗メーカーが日本被服で、本社敷地内に児島学生服資料館が併設されています。
 ジーンズミュージアムから歩ける距離とのことで、有志で行ってきました。

Img_37701jpg  昭和初期から現代までの各時代の学生服やポスター、看板、写真など約200点が展示されていて、学生服の変遷や学生服産業の歴史を学ぶことができます。

Img_37711  タイムスリップしたかのような「昭和レトロ」な懐かしい空間です。しばし女学生気分---。

Img_37901  興味深かったのは、太陽桜の印の入った「純綿霜降り学生服」です。東洋紡の純綿とあります。
 説明書きによると、これは1930年頃に日本被服で製造されていた男子用学生服です。小倉織という特殊な織り方でつくられていて丈夫で通気性があるとか。仕立てもしっかりとしています。戦前にすでにこのような高い縫製技術を持っていたことが、戦後のジーンズの製造に活かされた、といいます。

Img_37781  1980年代の変形学生服、ヤンキーな学ラン、長ラン、短ランも展示されています。当時は標準型ではない学生服をつくっていたメーカーも多くあったことが思い出されました。

 それにしても児島には「山椒は小粒でもピリッと辛い」、こんな見どころもあったのですね。

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2018年8月21日 (火)

服飾文化学会夏期セミナー⑸ 体験!ジーンズミュージアム

 倉敷市児島は日本のジーンズ発祥の地といわれます。この地で生まれたベティスミスやボブスン、ビッグジョンといった国産ブランドの貴重な製品や資料を展示しているジーンズミュージアムを訪問しました。
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 私は2012年にここを訪れたことがあります。その時のことをこのブログに掲載しています。(2012.11.29付け参照) いやーっ、当時とは様変わりしていました!

Img_37951jpg_2  2014年に上の写真の2号館がオープンしたそうなのです。今回、この地に来て初めて知りました。

Img_37461  この2号館は、1970年代から10年ごとに現在まで、各時代のジーンズの歴史や生産工程をたどれるようになっていて、興味深かったです。

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 ジーンズ作り体験をされた方もあり、こちらの方はなかなか楽しそうでした。
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Img_37591  まず好みの生地のジーンズを試着して、丈つめし、前開閉のボタン1個とポケットのリベット6個を選びます。ボタンもリベットも可愛い形やカラフルな色のものがたくさんあります。

Img_37571  次にスタッフの指導で、年代物の打ち機でボタンやリベットを打ち込みます。足で力を込めてレバーを踏み込むのですが、これがなかなか難しそう。でも慣れれば大丈夫とのこと。皆さん、さすがに上手!です。

Img_37641  最後に好みの革ラベルを選んで、スタッフにミシンで縫い付けてもらって完成です。世界にひとつだけの一本が出来上がり、満足そうでした。

 以前私がここに来たときには、このようなカスタマイズはありませんでした----。それにショップやアウトレットもなかった気がして、時の流れを改めて実感しました。

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2018年8月20日 (月)

服飾文化学会夏期セミナー⑷ 児島のショーワを見学

 服飾文化学会夏期セミナーの2日目は、倉敷市児島に移動し、ショーワを訪問して工場から綿畑も見学しました。

 ヨーロッパ風の社屋は、児島でひときわ目立つランドマークのような存在のようです。2010showa2 (写真はパンフレットから)
 デニムを中心に先染め織物を自社で企画し製造、販売を独自に手掛けるショーワ。シーズンごとにプルミエールヴィジョン・パリに出展し、東京をはじめ国内各所で展示会を開いています。このブログでも幾度となく記事を掲載しています。

 ベーシックも差別化し付加価値をつけるなど、常に新しい感覚を追求しているメーカーで、2009年にはウール100%デニムを開発。このデニムがプルミエールヴィジョン・パリでハンドル賞を受賞し、大きな話題を集めました。
1_2  左はそのウールデニムでつくった高級感のあるレディスジャケットです。

 なお同社では輸出は全体の約2割だそう。イタリア中心にドイツ、イギリスなどの有力ブランドに販売しているといいます。

Img_36681jpg  上は、他社が真似できない高品質なデニム、上質コットンやリネンデニムなどを使用したラグジュアリーブランド製ジーンズです。

Img_36771jpg  ショールームも洗練されたエレガントな雰囲気でした。

Img_36861_2 右はレーザー抜染デニム地です。
 和風の渦巻模様を繊細に表現しています。
 ここでは、このようなファッション性に優れたオリジナルを数多く展示しています。

 工場見学では、まず稗田西工場を案内していただきました。先月の豪雨で一部浸水があったといいますが、大事にはならず、すぐに平常に戻られたとのことでした。

Img_36901jpg  ロープ染色機や整経機、サイジング機などが稼働しています。
 ロープ染めした糸を専用のビームに巻き取って行く分繊工程では職人による細かい手作業を拝見し、印象的でした。
 
 次に本社工場です。
 ここでは織布や仕上げ加工などが行われています。ショーワは児島で唯一、染めから織り、仕上げ加工まで一貫生産設備を持っている企業なのです。

Img_37181jpg  上はワッシャー加工機です。

 工場の裏手には綿畑が広がっていました。
Img_37361jpg 品種は米綿のアカラ種だそう。
 ちょうど開花の時期で、クリーム色から濃いピンクに染まった花も見られました。Img_37321アオイ科の可憐な花です。早くも子房が膨らんでいるものもありました。
 秋にはこの実がポンポンとはじけて白いワタが飛び出すことでしょう。
 収穫が楽しみですね。

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2018年8月19日 (日)

服飾文化学会夏期セミナー⑶ 松永はきもの資料館を訪問

 広島県福山市に来てカイハラの工場へ向かう前に訪問したのが、松永町にある「松永はきもの資料館(愛称:あしあとスクエア)」です。ここはこの町に元々あった日本はきもの博物館の資料を引き継ぎ、2015年にオープンした施設だそう。
 この日は本来休館日でしたが、私たちのために特別に開館していただきました。職員の皆様に感謝です。

 この松永地域は“い草”の産地で、昔から草鞋や草履づくりが盛んに行われていたそうです。
Img_35201  左は入口付近で目に付いた巨大な草鞋(わらじ)です。これは「奉納大草鞋」で、高さは5.25mもあるとか。“はきもの”は人と大地の接点として、昔から信仰の対象でもあったのですね。
 この資料館には古くは縄文から現代まで、また世界中の“はきもの”資料が13,000点収蔵されているといいます。また隣接する玩具館には18,000点もの昔懐かしい玩具が所蔵されているそうで、見応えたっぷりなのです。実際想像していた以上の展示品の質と量に驚嘆しました。

 とくに“はきもの”で、これはと思ったものを少しご紹介していきます。

Img_35271  右は「古代人の足あと」。
 何と縄文時代晩期の人の足あと(左)と足形(右)が展示されていてびっくり! 福岡県板付遺跡から出土したものだそう。
 “はきもの”が登場してくるのは古墳時代以降のことです。ですから縄文人も弥生人も裸足で歩行していたようなのです。現代人の足と違って、指が扇状に開いていて、ふんばりがきく形をしています。足裏も強かったのでしょうね。

Img_35371  右は古墳時代後期の金銅製の履を復元したものといいます。
 きらきら輝く豪華なもので、このようなものが既にあったとは! ちょっと驚きです。
 貴族や裕福な武将が履いたもののようです。

Img_35511jpg  上は足袋です。足袋も昔は皮でつくり、指も分かれていなかったといいます。指が分かれるようになるのは、そのまま草鞋や草履をはくようになってからだそうです。鎌倉時代に入ると武士の正装として鹿皮の足袋が用いられるようになります。木綿の足袋がつくられて愛用されるようになるのは、江戸時代以降のことだったのですね。

Img_35991  芸能の世界での特別な“はきもの”も展示されています。上は文楽人形遣いの下駄や、道化師の下駄など、まさに珍品!

Img_36031_2  労働するために工夫された“はきもの”の種類の多いことにも驚きます。 右は、“ナンバ”と呼ばれる板型の田下駄の一種です。
 猪苗代湖畔の田んぼで使われていたものだそう。

Img_35671_4    オーストリアのベルベット製のプーレーヌも出品されていました。
 19世紀にオペラの舞台で用いられたものといいます。

 

Img_35581  イチロー選手のスパイクシューズです。所属していたオリックス・ブルーウェーブが1996年に優勝したときのものとか。

 この他オリンピックなど有力スポーツ選手のシューズもたくさん展示されています。

Img_35711  宇宙の“はきもの”として、“ルナブーツ”を復元した月面靴もありました。
 ルナブーツとは1969年にアポロ11号でアームストロング船長が月面に第一歩を記したときに履いたものです。米国NASAからはきもの資料館5周年記念展のため借用し、それを実物同様に製作したものだそう。着脱は後部のジッパー開閉によるオーバーブーツです。

 他にもいろいろ。一見の価値ある資料が見つかるのではないでしょうか。   

 玄関を出ると、カラフルな広場が目に飛び込んできました。
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 これは日本のモダンアートの巨匠、今は亡き岡本太郎が1978年に造園した「足あと広場」です。
 陽光に照らされて、明るく輝いていました。

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2018年8月18日 (土)

服飾文化学会夏期セミナー⑵カイハラ歴史資料館染め体験

 カイハラ本社には歴史資料館があり、同社の前身、貝原織布で織られていた伝統の備後絣が展示されています。
 備後絣は福山市一帯で産した木綿絣です。この地は日本最大の絣の産地でもあったのですね。

Img_36271 上は、貝原会長が備後絣を解説しているところです。経糸を括る絣の技術が、デニムの製織に欠かせない、芯白のインディゴ糸をつくるロープ染色の開発に役立ったといいます。

 この後一同揃って、インディゴ染めを実際に体験させていただきました。
 白いハンカチを紐やゴムなどで絞って、藍染の甕に浸して引き上げると、あら不思議! 
Dsc000353  緑色が空気に触れて美しい藍色が出現します。それを水で洗って乾燥させアイロンを当てれば完成です。
 絞り方によって、白抜きの分量や形が一枚一枚違います。カイハラのスタッフ皆様のご協力もあって、それぞれに個性的な柄が染め上がりました。

Dsc000383  作品を手に記念撮影しました。
 これも忘れられない楽しい思い出となりそうです。

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2018年8月17日 (金)

服飾文化学会夏期セミナー⑴ デニムのカイハラ工場見学

 今夏も服飾文化学会の夏期セミナーが開催され、8月8日~9日、デニムや制服で有名な広島県福山市と岡山県倉敷市児島に行ってきました。

 初日のメインは、国産デニムのトップメーカー、カイハラの工場見学でした。
 最初に訪れた三和工場は、福山市でも海抜580mの山中にあり、7月に豪雨災害に見舞われた地域です。道路事情などが心配されましたけれど、迂回路を使うなどして、予定通り日程をこなすことができました。

 私たち一行が貸切バスで工場前に到着すると、カイハラ会長の貝原良治氏が自ら出迎えて下さいました。
Dsc000261  上は工場前で撮影した集合写真です。一番右が貝原会長です。

 3班に分かれて見学し、会長直々に原綿から紡糸、織布工程のポイントをご案内いただき、ふんわりとしたスライバーの感触、またリング精紡機とオープンエンド精紡機の違いなども確認、感謝感激しました。
 (なお工場内は撮影禁止でした。)

 最先端の設備を誇る巨大工場(約5万㎡)は圧巻で、もう皆、只々スゴイ!の連発でした。

 次に訪問したのが本社工場です。
Img_36501  ここにはロープ染色機がズラリと配備されています。経糸を9回染めていく様子を拝見しました。

 ところでインディゴ染めロープ染色を日本で初めて導入したのは、このカイハラだったのです。設備が稼働したのは1970年のことだったといいます。これにより国産デニムの生産がスタートし、日本製のジーンズがつくられるようになりました。

 なお私たちは時間の関係で回れませんでしたが、工場は5か所あるそうです。一貫生産体制が敷かれていて、作業はコンピュータ制御により自動化され、ほぼ無人で行われています。従業員は736人で、雇用や周辺の環境対策も万全といいます。また2016年に進出したタイ工場も順調に伸びている様子です。
 それにしても予想をはるかに超える規模とクオリティへの細心の心配りが印象的でした。
 さすが世界最高峰のデニムメーカーは違うと、感銘しました。

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2018年5月 9日 (水)

「チバニアン=千葉時代」地磁気逆転地層を訪ねて

 「地球は巨大な磁石」で、方位磁石のN極が北をS極が南を指すのは常識と思ってきました。でも長い地球の歴史をみると、いつでもそうだったのではないのです。実は逆転していた時代があったのですね。それが「第四紀更新世」と呼ばれる地質年代です。
 千葉県市原市田淵の養老川沿いの地層がまさにこの年代とされ、昨年、「チバニアン」(千葉時代)と命名されて一躍話題になりました。
 そこで好奇心も手伝って、この連休の一日、「チバニアン」を訪ねてきました。
 人が押し寄せているかと思いきや、意外にもひっそりとしていて、河原への道から地磁気逆転地層がある崖に簡単にたどり着くことができました。
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Img_00731  右が、その斜面です。
 露頭上部には赤、黄、緑に色分けされた杭が打たれています。一番下の赤い杭は磁場が逆転していた時代のもの、その上の黄色は磁場がふらふらしていた過渡期のもの、一番上の緑色は現在と同じ時代といいます。
 説明板には「白尾凝灰岩層」(白色の薄い層)とあり、ここは何と77万年前に長野県の古御岳火山が噴火して海に堆積した火山灰層で、その後隆起した地層である、と書かれています。

 たまたま地質に詳しい方がいて、その方のお話によると、磁場は今、少しずつ弱まっているそうです。とはいえ次の逆転がいつか、地球の気候変動などとの関係もわかっていないとのことでした。
 確かなことは、この地層が77万年前に起こった磁場逆転の痕跡を残しているということです。あのネアンデルタール人が存在していた年代で、その頃はN極とS極が現在とは正反対の方向を向いていたのですね。
 地球の磁場は、こんな風に逆転現象が何度も起こっていたのです。ほんとうに地球は生きている!です。
Img_00651_2  
 現在、この地層は国際地質科学連合に申請中だそう。正式に認定されると「チバニアン=千葉時代」の名称が、地球史に刻まれることになります。来年あたり間違いなし、とか言われているそうで、ちょっとわくわくします。

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2018年5月 8日 (火)

白馬小谷村の「塩の道」 往時の史跡が点在 

 白馬に来て、かつて「塩の道」と呼ばれた千国街道の小谷村近辺をドライブしました。道沿いには、道祖神など往時を偲ばせる史跡が点在しています。
20180504170952imgp17481  通りかかったのが小谷村の「牛方宿」です。牛と牛方がともに泊まって疲れを癒したという、塩の道で唯一現存する宿です。県宝にも指定されているそう。
 写真は母屋で、その隣には土蔵や塩倉も建っています。 20180504171126imgp17551 昔懐かしい古びた水車も回っています。そののどかな風景を満喫しました。
 
 ここでもう一つ、探訪したのが落倉自然園です。
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20180504164448imgp17311jpg  小さな湿原は水芭蕉の群生地となっていて、今が見頃と咲いていました。その白い気品に満ちた花々に出会えたこともラッキーでした。

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