文化・芸術

2019年1月23日 (水)

「子どものための建築と空間展」学びと遊びの建築デザイン

 今、パナソニック汐留ミュージアムで3月24日まで「子どものための建築と空間展」が開催されています。先日このプレス内覧会に行ってきました。
 これは建築デザイン史にみられる特徴的な子どもの学びの場と遊びの場を紹介する展覧会です。こんなところで学びたかった、こんなところで遊びたかったと思うような建物の模型や写真資料などが展示されています。

Img_00221  ギャラリートークではパナソニック汐留ミュージアムの学芸員 大村理恵子さんと、青森県立美術館の学芸主幹 板倉容子さんのお二人に、ご案内していただきました。

 展示構成は時代順に明治から現在まで5章仕立てになっています。章ごとに色分けされているのもわかりやすいです。(撮影については特別な許可をいただきました。)

 第一章は、「青」で「子どもの場の夜明け 明治時代」です。
Img_00301jpg_2  当時は子どもの教育に近代的な教育システムが採用されて、校舎建築では西洋と日本の様式をミックスしたスタイルが目立ったといいます。長野の開智学校の模型を始め、東京女子師範学校附属幼稚園(現茶の水女子大学附属幼稚園)の珍しい写真(右手前)も見ることができました。

 第二章は、「赤」で「子どもの場の世界の発見 大正時代」です。
 大正デモクラシーの思想を受けて、子どもの人権や個性を大切にするという考え方が入ってくるのです。
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 右は羽仁もと子創立の「自由学園 明日館」の模型や、フランク・ロイド・ライト設計の木の椅子が展示されているコーナーです。

Img_00061  子ども服も登場します。上写真の左は資生堂が販売を手掛けていたという男児服です。1920年代初めは欧米でも子ども服は改革期で、動きやすいシンプルなファッションになっていったのです。上写真の右は東京家政大学所蔵の女児服です。ローウェストや別布使いのデザインが流行していたことがわかります。

 第二章と第三章の間にはインターミッションが設けられています。
 「戦争前夜に咲いた花」として正面に戦艦「三笠」の模型、また慶応幼稚舎の校舎などの写真が架かっています。

 第三章は、「紫」で「新しい時代の到来、子どもたちの夢の世界を築く1950-1970」です。
 科学的視点に基づくスタンダードが生まれて、Img_00491jpg標準設計の校舎が次々に建てられていきます。その一方、円形建築など、オリジナリティのある建物もデザインされたのですね。
 右はその一つ、丹下健三設計の「ゆかり文化幼稚園」です。

 第四章は、「黄」で「おしゃべり、いたずら、探検―多様化と個性化の時代 1971-1985」です。
 米国からオープンスクールという新しい教育メソッドが導入されて、Img_00541オープンスペースを取り入れた新しい試みの建築や遊具に目が向けられるようになります。
 右は「タコすべり台」、何とも楽しそうです。

Img_00691  上はイサム・ノグチのモエレ沼公園の遊具広場と設計図です。これはイサム・ノグチ遺作の初公開資料だそうです。

 第五章は、「緑」で「今、そしてこれからの子どもたちへ1987-」です。
Img_00701  ここでは学校はどうあるべきか、地域の人々とのつながりをも考慮した建築の姿を浮かび上がらせています。

Img_00171  最後に、「ペタボーの空」という誰でも遊べる遊具コーナーに出ます。これは小さな棒状の面ファスナーを投げてペタペタくっつけていく遊びです。私もやってみました。意外と楽しかったです。子ども時代に帰った気分になるかも---。

 なお、詳細はHPを参照(https://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/19/190112/)してみてください。

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2019年1月 7日 (月)

銀座「セイコードリームスクエア」でブランドの歴史を体感

 昨年末、12月20日にオープンした銀座の「セイコードリームスクエア」に行って来ました。
Img_95721  1階はミュージアムになっていて、インテリアは 銀座のシンボル“和光時計塔”の内部をイメージしているそうです。また展示品は、墨田区東向島にあるセイコーミュージアム所蔵の一部であるとのこと。係の方が親切にご案内してくれました。

Img_95731jpg  時計の歯車の台に、セイコー(SEIKO)ブランドの歴代の名品が展示されています。
 1881年の服部時計店創業時の時計から、Img_9574120世紀初頭の花形懐中時計(写真右)、1960年の初代グランドセイコーなど、当時の面影を伝える時計がミニチュアとともにディスプレイされていて、見ていて楽しくなります。

Img_95781  ちょっと「ぎょっ」とさせられたのが、時計の残骸(写真上)です。これは関東大震災に見舞われて、溶けた修理時計だそう。このときセイコーの前身「精工舎」は全焼したといいます。

Img_95811jpg  この最大の危機を乗り越えて、震災後の翌年、1924年に誕生したのが写真右の時計だそう。
 「精巧な時計を作る」という創業の原点に立ち返り、初めて「SEIKO」というブランド名を冠した時計といいます。
 私の父たちのまさに憧れの腕時計だったでしょうね。

 このフロアでは時計職人による組立の実演もあったそうですけれど、今回は残念ながら見ることができませんでした。

 セイコーの歴史を体感して上の階に上ると、そこはもうすてきなショッピングエリアです。
1  4階までフロアごとに、縁起のよい初夢とされる、一富士、二鷹、三茄子それに四扇の額装が架かっているのも夢をそそります。

 今年も楽しい夢多き一年でありますように!

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2018年12月25日 (火)

オレリー・マティゴ展 絵や写真に刺繍を施すユニークな作品

 先月初め、東京・表参道のスパイラルビルで、絵や写真に刺繍を施すユニークな作品の展示販売が行われているのを拝見しました。
Img_85541 タイトルは「Aurélie Mathigot ~クロシェのカメラがとらえる刺繍の風景~」です。

 Aurélie Mathigot(オレリー・マティゴ)は、日本で「コムデギャルソン」とのコラボレーションで知られるフランス人造形美術家です。
Img_85501  ごく日常的な風景を切り取り、クロシェ(かぎ針編み)を中心に、刺繍や様々な素材を独自の世界観で作品に仕上げています。 
 細かいステッチで浮かび上がらせたステッチの美しさが、印象的でした。

 展示販売では、「コムデギャルソン」の財布や、「東京プリント」の傘、「パトリック」のスニーカー、「おつつみ」のプリントのスカーフなどがディスプレーされていました。

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2018年12月14日 (金)

庭園美術館 旧朝香宮邸からアール・デコを再考する

 東京都庭園美術館は旧朝香宮夫妻の邸宅で、1933(昭和8)年に建造されたといいます。
Exotic181006_5   内部のデザインは、壁飾りから家具、照明器具にいたるまで、アール・デコとよばれる装飾様式で統一され、まさに"アール・デコの美術品"! 訪れるたびにその優雅さに魅了されます。
 この美術館で今、特別展「エキゾティック×モダン アール・デコと異境への眼差し」が開催されています。

 先般この関連企画として服飾文化学会主催の講演会「旧朝香宮邸からアール・デコを再考する」が行われ、参加しました。講師は同美術館の学芸員 関 昭郎 氏です。
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 アール・デコとは、いうまでもなく両大戦間期のフランスに花開いた装飾様式のことです。 旧朝香宮邸の室内装飾を手掛けたのはアンリ・ラパン(1873-1939年)という人物で、1925年のアール・デコ博覧会ではフランス大使館の応接サロンをデザインするなど、活躍したといいます。作品は今と比べるとかなり装飾的で、繊細な家具の意匠など、ときに装飾過多と思えるものがみられたりもします。
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 関 氏は、アール・デコを理解するには、この時代の精神を探ることが肝要と、次の3つの要素を挙げて解説されました。それは「古典主義(クラシシズム)」と「モダニズム」、「エキゾティック」です。古典主義は、18世紀のロココに代表される装飾趣味、モダニズムは、技術革新に導かれた単純化への傾向で、アール・デコの前身であるアール・ヌーヴォーも、フランスにおける前衛美術と結びつく新様式だったといいます。エキゾティックは、話題のジャポニスムから1931年の植民地博覧会まで、異文化とのぶつかり合いがもたらした美意識です。
 アール・デコはこれら3つの要素が複雑に組み合わさったスタイルと指摘、その多様性を紐解いていく必要があると語られました。当時も今と同様、“ハイブリッド”が盛んだったのですね。

 なお展覧会は3章構成になっています。1章「モードのエキゾティシズム」、2章「装飾のエキゾティシズム」、3章「パリ国際植民地博覧会と植民地主義の表象」です。国の重要文化財となった優美な邸宅に、フランスの美術館所蔵の国内初公開作品を含む約85点が出品されています。

1  ファッション関連の作品も、ポール・ポワレの中近東風のガウン(右)やロシア・バレエをヒントにしたポショワール(ファッション版画)、1925年にアメリカからやって来て時代のアイコンとなったダンサー、ジョセフィン・ベイカーのポスターなど、興味深い展示品を多数見ることができます。
 アジアやジャポニスムへの関心が高まっている現在、本展で多彩なアール・デコの表現を見つめ直してみてはいかがでしょう。開催は来年1月14日までです。どうぞお見逃しなく。

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2018年11月24日 (土)

「神々のやどる器―中国青銅器の文様―」展

 先日16日、東京・六本木 泉屋博古館分館にて「神々のやどる器―中国青銅器の文様―」展の内覧会が催され、タイトルに「文様」とあるのにつられて参加しました。中国文明にはなじみが薄かった私ですが、拝見して中国を身近に感じるようになりました。

 日本がまだ縄文の頃、中国では3,500年以上も前から青銅器がつくられていたといいます。その悠久の昔、青銅器は中国最古の王朝といわれる殷、その後を継いだ周の時代に、複雑な造形へ発達していくのです。
 施されている装飾は彫刻ではなく、すべて鋳造で、鋳型の凹みによるものであることにも驚嘆しました。精密さにおいて、それはまさに超絶技巧!そのものです。古代中国の工人たちの技術は、後世の中国のみならず日本の伝統的な金属工芸品にも大きな影響を与えているのです。

 本展の会場は大きく2つ、殷・周そして商の青銅器と秦・漢以降の青銅の鏡に分けられています。
   (写真の単体撮影は、今回特別に許可していただきました。)

  まず青銅器です。
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  青銅器は先祖を特別な器で手厚くもてなすために、儀式や祭祀用としてつくられたものだそうです。
 そこにあしらわれている文様は、獣を象ったものが多いのですが、単なる動物ではなくて、神の化身として表現されたものといいます。実在しない想像上の生き物、龍とか鳳凰のモチーフもたくさん見られます。

Img_87331 右は、「虎卣(こゆう)」で、商時代後期 前11世紀頃のもの。卣(ゆう)とは酒器のことで、この時代、食器が頻りにつくられたようです。
 これはトトロのような耳をした虎で、口の中に人が入っています。虎型の神様に人間が守られている様子を表したものといいます。脇には皇帝の象徴といわれる龍、把手はバクのような動物、象の鼻の形の尻尾が付いているのもおもしろいです。

Img_87231  右は、「戈卣(かゆう)」という背中合わせの二羽のミミズクを表現した器です。ちょっと内股気味なのもカワイイ。商後期の紀元前12世紀頃のもの。
 ここにも龍などいろいろな動物がいて、何がいるのか観察するのも楽しいですね。

 他にも鼎(かなえ)など様々な青銅器が見られます。

Img_87751  上の「鐘」は、西周~戦国時代にかけて制作されたもののレプリカです。叩いて音を楽しめますよ。

 次に銅鏡の展示です。
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 秦の始皇帝の時代から漢代に流行したのが、青銅の鏡だそうです。持っていると幸運が訪れるとのことで、当時のラッキーアイテムだったといいます。

Img_87971  右は、神人竜虎画像鏡という後漢中期1~2世紀のものです。外側四方に二神二獣が並んでいます。青龍と白虎が対置し、人物像は仙人への憧れを表しているとか。

Img_87901  右は、唐代8世紀頃の貼銀鍍金舞鳳凰八稜鏡です。鳳凰は徳の高い賢人を表す吉祥文様だそう。

 見終わって、十二支に見る動物など、改めて日本と中国の繋がりの深さに気付かされました。

 なお開催は12月24日までです。ご興味のある方はどうぞお早めに。詳細はWEBサイトhttps://www.sen-oku.or.jp/tokyo/program/ でご確認ください。

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2018年11月23日 (金)

「全員巨匠!フィリップス・コレクション展」 内覧会

 今、東京・丸の内の三菱一号館美術館にて「全員巨匠!フィリップス・コレクション展」が開催されています。この1日、内覧会があり参加しました。
 フィリップス・コレクションは、1921年に開館したワシントンD.C.にある私立美術館で、米国で最も優れた美術館の一つといわれています。中核をなすのが、裕福な実業家でコレクターだったダンカン・フィリップス氏のコレクションです。その4,000点以上にも上る作品の中から、今回印象派以降の秀作75点が来ているのです。

 最初に案内されたのは、いつもと勝手が異なるミュージアムストアでした。ここの目玉となっているのが何とドールハウス---。フィリップス・コレクションのメインギャラリーを12分の1に縮小したミニチュアです。
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  このミニチュアは、モノクロの写真を基にミニチュア作家のHIROYUKI & KYOKOのお二人が制作したとのことで、内部の絵画も12分の1でつくられていて世界最小とか。精巧にできていて、まずはびっくり!

 ストアではポストカード64種類を用意。一枚150円(税込み)で、セット価格5,000円で販売もされています。

 館内ホールでは安井裕雄 学芸員と青い日記帳のTakさんによるトークが行われました。
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 興味深かったのは展示順で、ここでは作品が購入年順に展示されています。展示は一般に、画家順や風景画順などというように見せていくものだそうです。ところが本展ではフィリップス氏の目線に立って、現場をもろに体感していただきたいとの思いから、購入した年代順に、色彩や色調の似たもの同士を並べられているのです。

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 最初は1920年代で、モネに始まり、ドーミエやクールベ(上は1924年収蔵されたギュスタフ・クールベの「地中海」)、マネなどを見ることができます。

Img_84951jpg_2  ホールにはボナール作品が集められていて、上は1928年収蔵の「棕櫚の木」。ボナールの真骨頂といわれる絵ですね。フィリップス氏はこの頃、ボナールを好んで購入したといいます。
 フィリップス・コレクションはオルセー美術館に次いで世界第二番目に多くボナールを所蔵しているそうです。国立新美術館で現在開催中の「ボナール展」も見ておくといいなと思いました。

Img_85011_2  その横に1930年所蔵のゴッホの「アルル公園の入口」が展示されています。

Img_85041_2  1939年所蔵では、セザンヌの有名な「ザクロと洋梨のあるショウガ壺」もあります。

Img_85081  右は、Takさんおすすめのスーラの「石割り人夫」です。スーラっぽくないところがいいとか。
 1940年所蔵のものです。

Img_85351jpg_2  晩年には、1966年に購入したというブラックの「鳥」も見られます。本作はフィリップス氏にとって最後のブラックの作品となったとか。

Img_85321  フィリップス氏の死後、コレクションに加わったというピカソの三点の絵画と「女の頭部」(右)、ロダンの彫刻も展示されていました。

 この他、ユトリロやデュフィ、モディリアーニ、コロー、ゴーガン、アングル、ジャコメッティなど、一つひとつが全員巨匠! 見応えのある展覧会でした。

 なお写真は、撮影不可のものもありましたが、今回は珍しく一点ずつ必ず額縁込みで撮影する許可をいただきました。

 会期は来年2月11日まで。詳細はWEBを参照してください。https://mimt.jp/pc/

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2018年10月20日 (土)

企画展「コシノヒロコ 中原淳一へのオマージュ」

 今、東京・銀座のKHギャラリー銀座にて11月4日まで、企画展「コシノヒロコ 中原淳一へのオマージュ」が開催されています。
Mdi2ndg1200_5  この9日、レセプションパーティが行われ、コシノヒロコさんと ひまわりや代表の中原利加子さんにお祝いのご挨拶をしてきました。
 コシノさんは数年前から中原淳一展を開きたいと願っていらっしゃったそうです。それがようやく実現したのですね。
 中原淳一は言うまでもないのですが、昭和初期に少女向け雑誌の挿絵画家として一世を風靡し、戦後は『それいゆ』や『ひまわり』をはじめとする雑誌編集や服飾デザインなども手がけた画家、編集者、ファッションデザイナーです。
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  本展では中原淳一のイラストの原画5点と、コシノさんが中原淳一へのオマージュを捧げて描いたという女性の肖像画が多数展示されています。

 中原利加子さんとは2010年に出版された「中原淳一の『女学生服装帖』」で私がコラムを書いたことでお目にかかったことがありました。広尾商店街にあったショップ「ひまわり」は昨年、広尾ガーデンヒルズ入り口へ移転したそうで、また行ってみなくてはと思ったことでした。
 中原さんは、「コシノさんの熱い思いをいただき、幼い頃から『ひまわり』に触れていたと伺って、とても感慨深い。今回展示されている5点はコシノ先生が選ばれたもので、雑誌掲載用の版下です。和装の女の子のペン画もあってバリエーションを見ていただくことができます。」などと話されました。
 コシノさんも、少女の頃“ヒマワリっ子”と呼ばれていたというエピソードを楽しそうに語られました。「中学1年生の入学式で、母が中原先生の雑誌を見て作ったヒマワリ柄の服を着て、学校へ行ったことで、“ヒマワリ”をつけた女の子になってしまったのです。お裁縫が嫌いでしたので絵描きになりたいと言ったら反対されてしまいました。でも『それいゆ』のスタイルブックを見て、絵はファッションの世界で活かせると理解しました。文化服装学院で学び、ファッションで仕事ができているのは中原先生のおかげです。」

 ファッションデザイナーとして成功されたコシノさん。背景には、いつも絵を描くことがあったといいます。絵は、シーズンごとに変わるファッションの大きな発想源なのですね。
 来月といえばもうすぐですが、11月からニューヨークで初の個展を開かれるそうです。「もう忙しくて死んでいる暇ないの(笑)」とは、ほんとうにすばらしいです。

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2018年10月17日 (水)

「ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ」内覧会

 先月末の28日、パナソニック汐留ミュージアムで特別展「ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ」のプレス内覧会に参加しました。本展は同ミュージアム開館15周年、ルオー没後60年を記念した展覧会です。ルオー財団理事長ジャン=イヴ・ルオー氏も来日され、監修者の後藤新治氏(西南学院大学 教授)、担当学芸員の萩原氏とともにギャラリートークをしていただきました。

 ルオーといえばフランスを代表する宗教画家です。とはいえその宗教画は当時としてはさぞかし革新的だったことでしょう。宗教という古典的画題でありながら、それを実に現代的(モデルニテ)に表現しているのですから。そこで副題が「聖なる芸術とモデルニテ」なのですね。
 この聖なる芸術を軸に作品を生み出していったルオー。その一つ一つに当時の社会に対する「祈り」が込められているようです。展覧してみて心にジンと来るものを感じました。「愛のすべて。」というタイトルコピー、まさにぴったりです。

 展示されているのは約90点で、4章立て構成になっています。
 (なお画像は特別な許可を得て写真撮影しております。)

第1章 ミセレーレ:蘇ったイコン
 「ミセレーレ」とは、ルオーの銅版画集で、慈悲と戦争をテーマにした作品です。
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 「生きる苦悩」と「愛の救済」が、沈鬱なモノクロームを通して伝わってきます。

第2章 聖顔と聖なる人物:物言わぬサバルタン
 ルオーは最晩年まで、「聖顔」を描き続けたといいます。このキリストの顔の正面だけを描いた「聖顔」には、サバルタン(被制圧者)たちへの思いも表象されているのですね。
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 慈愛に満ちた優しい表情の中に、虐げられた人間の苦悩が込められているように思われ、本当に印象的でした。

Img_69661jpg  上右は「ヴェロニカ」という作品。ポスターやちらしにも掲載されています。潤いを湛えているような大きな瞳が美しい!

Img_69381  上左は「サラ」です。ジャン=イヴ・ルオー氏が、ルオーのオフィスに長年架かっていたルオー最後の作品の一つと、紹介してくださいました。

第3章 パッション:受肉するマチエール

Img_69781  上は「受難(エッケ・ホモ)」。荘厳な気持ちになります。

 この頃からルオーは「削り取る」から「積み重ねる」手法へ技法を変化させていったことがわかります。

第4章 聖書の風景:未完のユートピア

Img_69911jpg  ここではルオーがイメージする理想の社会を描いた絵が展示されています。そこには人々が佇む広場があり、三角形の道の奥には建物が建っていて、周りは海だったり、木々の向こうに山々が連なっていたり、天空には必ず太陽か月が描かれています。
 これはルオーの理想郷だったようです。理想ゆえに現実との落差がより強調されている、神秘的で奥深い絵です。

 この他にも興味深い作品が多数ありました。
 開催は12月9日まで。詳細はhttps://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/18/180929/にてご確認ください。

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2018年9月20日 (木)

パリ初のデジタルアートセンターで「クリムト」展

 パリの「アトリエ・デ・ルミエール(Atelier des Lumieres 光りの工房)」で、「クリムト」展を見て来ました。ここはこの春オープンしたパリ初のデジタルアートセンターです。話題のスポットで、しかも今年は没後100年のクリムトというだけに、行列ができていて私も30分くらい並びました。
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 内部は暗がりです。
 Img_52801_2そこに七色の光りが走り、美しい 色彩に彩られたクリムトやシーレの作品、 世紀末のウィーンの風景や自然が3次元映像で次々と映し出されていきます。
 それが終わるとやはりウィーンの芸術家で自然を愛したフンデルトヴァッサーの短編、さらにポエティックAIのプログラムが自動再生されます。

Img_52761_3  実に幻想的な音と光のプロジェクションでした。

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 ここは元鋳造工場だったそうで、スケールは広大です。それだけに一面に広がる異空間に没入していくような不思議な感覚がありました。
 おなじみの作品も、こんな風に壮大なスペクタクルショーにして見せられると、また全く違って見えます。動く映像の中に入り込んで、まるでタイムスリップしているかのようにも思えたりして---。もう見るというよりも体感すると言った感じでした。

 これも最新のデジタル技術がもたらした新しい美術の楽しみ方ですね。時代に合わせて美術館も変化しています。

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2018年9月18日 (火)

「ピカソとダンス展」パリオペラ座でピカソ作品を見て

 パリに来て、オペラ座で開催されていた「ピカソとダンス展」を見ました。
Expo_picasso_et_danse_gd_2   その日は文化遺産の日でまた本展の最終日でもあり、混んでいるかと思いましたが、それほどでもなく入場できました。
 展覧会を見て、ピカソのキュビズムがダンスの動きに影響されていたことに、改めて納得しました。キュビズムは 動くはずのない絵に動きを導入した絵です。
 左は、ちらしに使われていた「裸のダンサー」(1962)です。

 見どころは、やはりピカソが関わったバレエ衣装です。

Img_5216j1pg 右は、1917年にパリで初演された「パラード 1917」の衣装です。(ただしこれは1979年のレプリカです。) ブリキと分厚いボール紙でつくられていることを確認しました。
 ピカソはこの衣装をジャン・コクトーのイメージをもとに制作したといいます。
 ピカソらしい前衛的な作品です。
 このときピカソは緞帳や舞台装置も手がけているのですね。

 最初の妻となるバレエ団のダンサー、オルガ・コクローヴァと知り合ったのもこの舞台だったといいます。 

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Img_52051    バレエ「三角帽子」の衣装も展示されていました。(これも1992年公演のレプリカです。)

Img_51951  「ダンスを描く」ではダンスにまつわるピカソの作品が、サーカスや闘牛、エロティックなものまで展示。ピカソ自身が踊っている写真もあって興味深かったです。ピカソは相当なダンス好きだったのですね。

 ダンスを通して、様々な角度から見たものの形を一つの絵の中に収めていったピカソ。キュビズムの創始者といわれる偉大な画家の秘密が少しわかった気がしました。

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