文化・芸術

2017年7月25日 (火)

パリで「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展

 パリで、今月5日から始まった「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展に行ってきました。始まって間もないのに、会場のパリ装飾芸術美術館では30分待ちの行列で、さすがの人気でした。

 クリスチャン・ディオールといえば、戦後のパリのオートクチュール黄金時代をリードしたトップクチュリエです。Img_85301そのデビューコレクションから70周年を記念する大回顧展とあって、スケールは壮大で、館内の両翼すべて(3,000㎡)を使用して行われています。

 正面に飾られていたのは、1947年のデビュー作品、有名な「ニュールック」の「バースーツ」です。女性らしい優雅な曲線を強調する、シンプルな白黒が凛とした美しさで迫ってきます。
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 オートクチュール作品300点以上という膨大なコレクションから、気になったものをご紹介します。写真撮影は自由というのもうれしいです。

Img_85321jpg  まずは美術の愛好家だったクリスチャン・ディオールを偲ぶ美術品のコレクションから入っていきます。
 右真ん中はダリの作品で、異彩を放っていました。頭にフランスパンのティアラを乗せています。

Img_85551  次いで創作の発想源となった美術品をテーマに、ディオールとその後継者たちの作品が展示されます。
 右は「ロマンス」と名付けられたロココ調のセットです。

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 「アルルカン」で、ジャンフランコ・フェレのオートクチュール作品、1995年秋冬ものです。

 
 

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 「メキシコ」や「ペルー」と題されたクリスチャン・ディオールのドレスです。

 

 


 「ディオール ガーデン」コーナーは圧巻の美しさでした。
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Img_85971jpg ドレスの魅力を存分に引き出す空間構成が見事です。
 現デザイナーのマリア・グラツィア・キウリの今春夏コレクション「シークレット・ガーデン」の作品も多数見られます。

 続く向かい側の会場は、主にクリスチャン・ディオールの後を継いだ6人のデザイナー、イヴ・サンローラン、マルク・ボアン、ジャンフランコ・フェレ、ジョン・ガリアーノ、ラフ・シモンズ、Img_86121 マリア・グラツィア・キウリの作品展になっています。

 右は、21歳でメゾンの後継者となったイヴ・サンローランです。


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 左は、ジョン・ガリアーノです。

 
 

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 右は、ラフ・シモンズです。

 
 


 その反対側には、メゾン創設1947年から現在までの代表作をズラリと展示したコーナーが広がっています。
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 ディオール展は、東京でも3年前に大きな展覧会(このブログ2014.12.2付け参照)が開催されるなど、これまでにも何度も行われてきました。でもこれほど大規模なのは、私も初めてです。そのすばらしさに圧倒されました。

 会期は2018年1月7日(日)までとかなり長期にわたっています。パリに行ったら、ぜひ訪れてみてはいかがでしょう。

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2017年7月20日 (木)

ホスピタルとデザイン展 丸と三角と四角が生む対話

 ホスピタルアートとはいったい何?と、思いながら初日の昨日、東京・六本木のギャラリー、シンポジアで開催されている「ホスピタルとデザイン展」ギャラリーツアーに行ってきました。
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 病院というと、確かに無機質で冷たい空間です。Img_98791でもそこに人の心を躍らせるアートがあったらどんなにか癒されることでしょう。 これはグラフィックデザイナー、赤羽美和さんのホスピタルアートプロジェクトにより生まれた作品の展覧会です。


 白地に明るい鮮やかな色彩が舞うアートのImg_98881世界は、何と丸と三角と四角だけで構成されています。でも単純明快ですので、誰もが参加できそうです。実際これらの作品は病院のスタッフの方たちがワイワイ対話しながらつくったものといいます。

Img_98891 病院は、スウェーデンのストックホルムにあるセント・ヨーラン病院です。2016年春に改築オープンした緊急病棟に、2013年アートコンペで選出された赤羽さんの提案による作品が展示されています。
 コンペはガラスのパーティションなどに用いるパターンを募る内容だったといいます。赤羽さんは武蔵野美術大学卒業後、スウェーデンに留学していた経験からこのコンペに応募。 テーマは「パターンとストーリーテリング」で、ワークショップ―対話のドローイングという発想が新鮮と評価されたといいます。制作プロセス自体にストーリー性をもたせたアートプロジェクトで、作品名は「JAM」。ジャズの響きにも似た即興的な躍動感にあふれています。
 実際、皆で集まって自由な感じで共同作業している様子を映像で拝見し、楽しそう!と思いました。
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 スウェーデンには1%ルールというのがあるそうです。これは公共建築の新築や改築の際、全体予算の1%をアートにあてるというもので、1937年に法律で定められました。ストックホルムでは1970年代初頭にこれが2%に引き上げられ、近年はアートやデザインをこれまで以上に積極的に生かそうという機運があるといいます。弱い立場の患者を支えることができるのは、まさにデザインやアートの力です。北欧諸国の人権意識の高さは、こんなところにも表れていたのですね。

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 この取り組みは日本の京都ルネス病院でも行われ、ワークショップで誕生したデザインを組み合わせてつくった陶板作品が壁を飾っています。

 なお開催は25日までです。この週末、土日には、トークセッションも予定されています。「医療に対してクリエイティブな発想ができること」と題して、医療関係者やデザイナー、アーティストたちが、医療現場でのデザインやアートの可能性について語り合うとのこと。デザインの新しいカタチを模索されている方におすすめです。

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2017年7月 9日 (日)

田名網敬一新作個展 「貘の札」

 NHKのEテレで「団塊スタイル」という番組があり、オープニングのイラストがサイケデリック・アーティスト、田名網敬一作品でした。あまりにも奇妙来哲烈で、「エーッ」と思いましたけれど、団塊世代が若かりし頃はそんなポップで前衛的な感覚が人気を集めたことが思い出されました。

 今、この田名網敬一の新作を集めた個展が、東京・渋谷のNANZUKA画廊で開かれていています。題して「貘の札」です。獏は、空想上の妖怪で、人の夢を喰って生きると言われています。
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 Kt_10s_068これは戦争に対する警告的作品のようです。絵を見ていると、戦闘の混沌としたカオスにはまり、ギラギラする鮮やかな色彩の渦に巻き込まれて、目がクラクラしてきます。獏は戦争の悪夢を食べる霊符の象徴なのですね。
 そう思うと、そのすさまじいエネルギーに圧倒されます。
 平和な日本ですが、改めてこの平和ボケを刺激された気がしました。開催は8月5日までです。

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2017年7月 6日 (木)

日本のジュエリーの歴史と美 ― 近代の髪飾り、帯留、指輪

 先般6月27日、東京・南青山で日本ファッション協会うらら会主催により、「日本のジュエリーの歴史と美 ― 近代の髪飾り、帯留、指輪など」と題したセミナーが行われました。講師は、宝飾研究家で日本宝飾クラフト学院理事長 露木 宏氏です。
Img_82791  同氏は日本のジュエリー研究の第一人者で、コレクターではないとのことですが、約3,000点ものジュエリーを所蔵し、その整理に追われる毎日をお過ごしといいます。日本は欧米と異なりジュエリー研究者が非常に少なく、研究はまさにこれからであるとも。
 今回のセミナーでは、つい先頃閉幕した横浜美術館の「ファッションとアート、麗しき東西交流展」でのご講演を基に、日本女性がいかに装身具に愛着を示し、おしゃれを楽しんできたのかを、豊富な資料とともに語っていただきました。
 最初はネックレスとブローチです。明治時代にネックレスは「首掛け飾り」、ブローチは「襟留」と呼ばれて和服に採り入れられたといいます。鏑木清方の作品「嫁ぐ人」にも見られるように、とくに明治40年頃に流行したとのことです。とはいえ当時の女性は、西洋のものだから何でも受け入れた、というのではなかったそうで、たとえばイヤリングはしなかったとか。その頃のイヤリングはピアスで、身体を傷つけることを善しとしなかったといいます。ジュエリーも単なる飾りではない実用性があることが支持され、ネックレスには懐中時計が付き、ブローチは「襟留」というように、文字通り半襟を留めるためのものだったとか。昔の女性は堅実だったのですね。
 次に束髪用の髪飾りについて。日本髪に替わる髪型として、明治初期、女学生の間から束髪が流行り始め、花簪を飾ったとか。明治41年頃にべっ甲の櫛が復活し、昭和初期には櫛が落ちにくい波状の歯のものが出てきたり、アールヌーボー調の曲線を多用した簪が好まれたり---、実物を見ながら解説していただきました。
 また帯留の話も、興味深かったです。1800年頃から帯幅が広くなり、帯を留める目的で始まったのが帯留とか。明治時代にはパチン式が登場し、男性もつけていたそうです。大正時代には引っ掛けて留める引っ掛け式が主流となり、昭和になると帯を留める必要がなくなり、現在のような紐通し式になったそうです。天賞堂のコレクションなどを見せていただきました。 
 さらに指輪です。実は指輪は江戸時代から人気のアクセサリーだったといいます。但し今と違うのは右手の小指に付けていたこと。「指切りげんまん」の歌が残されているように、指輪には愛の誓いという意味が込められていたといいます。指輪は明治になって突然出てきたものではなかったのですね。なので結婚指輪など、西洋風の習慣はすんなりと受け入れられたといいます。明治後期には結婚リングは当たり前になっていったようです。とくに愛好されたのはプラチナで、大正期には誕生石の指輪も登場し、人気を集めたといいます。
 しかし日本では多くのジュエリーが、戦争で供出されてしまったのですね。残されたものはわずかだったというのが残念です。

 お話を伺って、和装にアクセサリーは要らないのでは、と思っていたのが、みごとに覆されました。日本のジュエリーには浅いどころか、奥の深い、長い歴史がありました。
 改めて日本女性の美意識の高さに感じ入った講演会でした。

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2017年7月 4日 (火)

写真展「NO JOKE」のフォトコラージュがシュール! 

  今、何ともシュールな写真展「NO JOKE」が、渋谷のディーゼルアートギャラリーで開かれています。
218231  これはニューヨーク生まれで南アフリカ在住のロジャー・バレンと、デンマーク出身でニューヨーク在住のアスガー・カールセンの二人の写真家による合同作品展です。遠く離れて暮らす二人が、メールのやり取りで創り出したものだそう。
 人体写真に奇妙な絵をピグメントプリントでドローイングし、デジタル加工を施すなどしたフォトコラージュで、見ているほどに魔訶不思議な気分になります。これも現代アートの持つもう一つの側面でしょう。

 開催は8月17日までです。

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2017年6月22日 (木)

「書・石井明子 織・故吉岡洋子 姉妹展」美しき布たち遺して

 「書・石井明子 織・故吉岡洋子 姉妹展」が、銀座かねまつホールで25日まで開催されています。ご案内が吉岡さんのお姉様、書道家の石井明子さんから届き、行ってきました。
 昨年、訃報を受け、今年は少し寂しいお正月でした。吉岡さんとは長年、年賀状のやり取りを続けていたからです。
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 姉妹展を拝見して、すばらしい作品を目に焼き付けました。大きなタペストリーが壁を飾り、たくさんのストールも展示されています。
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Img_82221jpg  よろけ織やもじり織、浮き織、ほぐし織----。糸をかせ染めして、織機で一本一本、コツコツと織り上げ、思い描いた意匠を完成させた労作です。3年前から仲良し姉妹で姉妹展を計画されていたといいます。それが遺作展になってしまうとは! 
 微妙なニュアンスのグラデーションを描く、こんなにも美しい布たちを遺して、天国に行ってしまわれたのですね。追悼、吉岡洋子さん!

 会場で染織工房「夢織りびと」を主宰する横山由紀子の本を見つけ、吉岡さんが横山さんに師事していたことに気づきました。今年2月パリの手芸展でお目にかかったすてきな作家です。(このブログ2017.2.12付け参照)
 不思議なご縁を感じます。

 また石井家は岡山県の由緒ある家柄で、国の重要文化財に指定されている「矢掛本陣」であることも知りました。今度ぜひ訪れてみたいです。旅する楽しみが一つ増えました。

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2017年6月19日 (月)

かおりを飾る~珠玉の香合・香炉展 小さなもの愛でる文化

 東京・世田谷の静嘉堂文庫美術館で開催されている「~かおりを飾る~珠玉の香合・香炉展」のトークショー・内覧会に行ってきました。 
 香合とは香を入れる合子(蓋つきの容器)のこと。本展では、同美術館の香合コレクションの優品と香炉の名品,香道具など約100点が公開されています。

 トークショーでは、長谷川祥子学芸員と陶磁研究家の森由美さんが青い日記帳Takさんをナビゲーターに、本展の見どころを語りました。Img_81342写真は左からTakさん、河野元昭館長、森由美さんです。(特別な許可をいただき撮影しています) 
 私も以前、お香の会に参加したことがあり、何種類かの香木の香りを聞き当てる香道を体験しました。そのときは「いやー! 難しかった」ですね。でもこの座談会でお話しを伺い、親しみを感じました。
 日本には小さなものを愛でる文化があります。香合・香炉は、そうした「香りのうつわ」なのですね。
 長谷川学芸員に導かれて、実物を拝見し、日本の精神文化の塊のようなものと得心しました。季節の変化に合わせて、色やかたちは様々、実に繊細で、細部にまで神経が行き届いています。何しろ小さくって可愛いのです。見ているだけで楽しくなります。

Img_82251jpg  最初に目に飛び込んでくるのが、野々村仁清作の「白鷺香炉」です。伸びやかな首から嘴の美しさに目を見張ります!
 煙を出す穴は背中にあり、何と目元にも小さな穴が開いているのがわかりました
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 上の写真で前景、手前に置かれているのが、やはり仁清の「色絵法螺貝香炉」です。虹色に輝く造形美はさすがにすばらしい!

Img_81461  続いて右は、地味な感じですが、最古の香炉という、平安時代の銅製の香炉です。
 これは手で提げられるようにもなっているとのことです。これを持ち運んだ女官の姿が想像されます。

Img_81391  江戸時代にお香は女性の教養として重要な地位を占めるようになり、香箱という香道具は嫁入り道具として整えられたといいます。
 金銀蒔絵の贅沢な一式も展示されています。

 香合は、本来香炉と組み合わせて用いられてきたそうですが、茶の湯の炭点前の成立によって、香炉から離れ、趣向豊かなものが登場してくるのですね。茶席で「かおりを飾る」茶道具として好まれるようになっていったといいます。お茶にも疎い私は知らなかったのですが、今日でも茶道で人気の高いお道具だそうです。

 香合には大きく二つの種類があり、それが「風炉」と「炉」です。
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 解説によると、「風炉」は夏季の季節で、漆芸の香合に白檀などの香木片を用い、「炉」は冬季で陶磁香合に練香が用いられたそうです。

Img_81781  右は古染付陶磁の香合です。
 陶磁香合は型物と呼ばれ、中国や東南アジアからも盛んに輸入されて珍重されたといいます。ベトナム船で運ばれて来たという交跡(こうち)とか、呉州(ごす)や祥瑞(しゅんずい)など、狸や猿、鹿など動物の形をしたものも多く、Img_81601江戸後期には相撲番付にあやかって「型物相撲番付」がつくられたりしているのも、興味深かったです。

 塗物香合は色が美しくてカワイイものが多いですね。

 国宝の曜変天目茶碗も展示されています。低い位置に置かれていますので、模様をしっかり見ることができます。偶然に表われたという青が神秘的な光沢を放っていました。
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 曜変天目は最近中国で破片が見つかったそうですが、世界中で現存しているのは日本にある3点のみだそう。その一つがこれで、まさに国のお宝です。

Img_82111   ロビーには中国南宋時代の香炉も出品されていて、青磁香炉のひび割れた様子などをじっくり見せていただきました。

 久しぶりに雅な世界を堪能した一日でした。

 展覧会開催は8月13日までです。
 なお匂い香づくりを体験するワークショップが7月1日に行われるそうです。ご関心のある方は、チェックしてみてください。

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2017年6月14日 (水)

「ファッションとアート 麗しき東西交流」展 シンポジウム

Img_79291jpg  横浜美術館で開催されている「ファッションとアート 麗しき東西交流」展で、5月27日に行われたシンポジウムに参加しました。(本展について、このブログの2017.5.1付けでオープニングの記事を掲載しています。)

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 シンポジウムの主題は「ファッションとアートにみる東西交流の諸相」です。

 第一部は基調講演で、京都服飾文化研究財団理事/名誉キュレーターの深井晃子氏が登壇しました。「ファッションとしてのジャポニズム」をテーマに、19世紀後半の絵画の中の着物を中心に語られました。
 ジャポニズムとは19世紀後半、欧米に広がった日本の芸術文化の影響で、とくに万博をきっかけに日本ブームが巻き起こったといいます。
 当時の絵画には、日本の着物を纏った女性像が数多く見られ、画家たちは着物姿とともに、屏風や扇、花瓶、傘、浮世絵など、様々な日本のモチーフも好んで描いたようです。
 同氏は本展で展示された絵画作品4点を取り上げ、ジャポニズムが単なる異国趣味を超えて、生活文化の広い範囲に及んでいたことを解説されました。画家たちがいかに日本趣味にはまっていたのか、それらにまつわるエピソードを交えながらの楽しい講演でした。

 第二部は発表です。
 最初は岡部昌幸氏(帝京大学教授、群馬県立近代美術館館長)による「ジャポニズムの広がりー19世紀末から20世紀の工芸・装飾美術・生活芸術」です。
 最近発見されたという「女性芸術家の部屋」という古書から、ジャポニズムと当時の人々の生活との結びつきを紐解かれました。日本趣味が当時の西洋の人々の暮らしの隅々にまで入っていたことを知る手がかりになります。
 とくに当時の女優サラ・ベルナールに関するお話が印象的で、現在サラ・ベルナール展を準備中とのこと。これも楽しみです。

 次に周防珠実氏(京都服飾文化研究財団キュレーター)による「輸出された室内着」。
 当時、横浜の絹織物商、椎野正兵衛が輸出した室内着についての研究発表で、大変今興味深かったです。上質な羽二重に手刺ししてつくられたというキルティングの室内着で、服飾品の輸出の嚆矢となったといいます。室内着といっても、ティーガウンとしてお客様をもてなすホステスガウンだったとのことです。背中心に縫い目のない一枚仕立てで、スカートにはマチ布がはめこまれていて、スカートの裾広がりに対応しています。
 展示品を鑑賞して、そのあたりをチェックし、洗練されたおしゃれなガウンだったと再確認しました。

 最後に内山淳子氏(横浜美術館主任学芸員)による「日本画に描かれた洋風ファッション」です。
 大正から昭和初期にかけて、洋装は皇族だけではなく、一般庶民にも浸透し始めたことを、当時の画壇の日本画から検証されました。とくに鏑木清方作品の美しさが心に残り、今度はぜひ清方作品を集めた美術館に行ってみようと思ったことでした。

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2017年6月 3日 (土)

夢二が描く大正ファッション 大和撫子からモダンガールまで

 竹久夢二美術館は、弥生美術館と同じ施設内にある私立美術館です。昨日のブログで紹介した「長沢 節展」と同時開催されているのが、「夢二が描く大正ファッション 大和撫子からモダンガールまで」展です。

Img_77061jpg  今から100年前に夢二が描いたファッションをたどる展覧会で、現代ファッションに見るカワイイの原点を探るという意味で、大変興味深かったです。

 竹久夢二と言えば、大正ロマンを代表する美人画家であり、また近代グラフィック・デザインの草分けのひとりとも言われています。和装から洋装が徐々に着用されるようになっていく時代で、夢二の絵にも、当時の女性たちの西洋への憧れが感じられるようです。
 その頃の女性の日常着は着物で、夢二はその姿を柳腰といって、下半身をほっそりと長く描いています。着物にも西洋風のすっきりとした美意識を採り入れているのです。目もぱっちりと大きい、少女のような眼差しで、どこか憂いを帯びた表情をしています。
1_3    この時代、女性たちはこのような夢二流の和・洋折衷のファッションに夢中になったといいます。

 今年はこの時代への関心が再燃しそうです。大和和紀の代表作、漫画「はいからさんが通る」の劇場版アニメ映画が公開されることになっていますし、また今秋からは、同美術館で企画展も予定されています。またしても「カワイイ」ファッションに目が離せなくなりそうです。

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2017年6月 2日 (金)

「生誕100年 長沢 節展」“セツ” 美学は“ホネ” の美

 この4月、「セツ・モードセミナー」が静かに幕を閉じました。戦後日本のファッション・イラストレーション界をけん引した伝説的美術学校です。校長は長沢 節氏で、川久保玲や山本耀司、花井幸子など、Image日本を代表する数多くの有力デザイナーやクリエイターを輩出しました。女優の樹木希林もいたのですね。卒業生は1万人以上とか。私の知り合いにも、この学校出身は多くいます。閉校と聞いてショックだったのではないでしょうか。
 その最後の展覧会「生誕100年 長沢 節展」が今、東京の弥生美術館で開催されています。今年は長沢 節氏が生誕して100年という節目の年でもあるのですね。

 惜しくも18年前、自転車事故で亡くなられたセツ先生、誕生日は5月12日だそうで、Img_77191ちょうどその頃行われたギャラリートークに参加しました。(右は最晩年の肖像写真)
 学芸員のお話の中で、とくに印象的だったのは、“セツ” 美学は“ホネ” の美、というくだりでした。セツ先生は細くて骨ばった人体が好きで、ガリガリのモデルを好んで描いたそうです。脚フェチだったことも知りました。

 本展ではこのセツ先生が1967 年にプロデュースした伝説のファッション・ショウ「モノ・セックス・モード・ショウ」を再現しています。でもこれはすぐに満席となってしまいました。私はショウを見ることはできなかったのですが、ショーケースにはそのときの作品が置かれていました。何とほぼ半裸のようなスタイルです。古代ローマの戦士を思わせるような前衛的なフォルムで、モノ・セックスというように、男性もミニスカートをはいて、女性的に装っています。セツ先生は、男性優位の社会で、男女平等を実現するためには、男性らしさを弱めればいい、という考え方の持ち主だったといいます。このショウは1970年にも行われ、モデルが銀座の街を闊歩したりもしたそうです。さぞかし物議をかもしたことでしょう。

 出品されたスタイル画は約300点あり、年代順に展示されています。どれも瑞々しくて、いつの時代にも廃れない美を感じさせます。とくに晩年のものは筆致が軽やか。一筆描きのように描かれた筆のデッサンなど、さすが名手!としかいいようがありません。

 そこに驚きのゲストがお二人、駆けつけていらっしゃいました。一人は渡部倫枝(のりえ)さんです。卒業生で、セツ先生のお気に入りモデルだったそう。ポーズもとってくださったりして、さすがかっこよかった!です。
 そしてもう一人が劇画家として世界的に有名なバロン吉本さんです。教室での先生とのやりとりからパリやバカンス先での思い出話まで、楽しいエピソードをたくさん語っていただきました。 

 お二人のお話で、先生の教え方が自由放任だったということも伺いました。教えるというよりは一緒にデッサンしながら学ばせるやり方だったといいます。自由な環境の中で基礎をきちんと見につける、そんな授業だったようです。まさに今の教育を先取りしていますね。

 装苑のシネマコラムを30年間も続けるなど映画好きだったセツ先生、スターではアンソニー・パーキンスの大ファンだったとか。レオナルド・ディカプリオはだんだん太ってきて、お気に入りでなくなったことなど、“骨体美”にこだわっていた様子も話題になりました。

 “人体の美しさは骨格にある”という、それまでの美の概念を打ち破った長沢 節氏。その全貌を知る展覧会です。開催は6月25日まで。

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