「ユニバーサルファッション協会では、8月26日にオンラインでUFトークイベントvol.2を開催しました。講師にお迎えしたのは、神戸芸術工科大学名誉教授であり(株)髙嶋デザイン製作所代表取締役の見寺貞子氏です。テーマは『シニアファッション―ユニバーサルファッション: おしゃれは高齢者・障がい者の心と身体のビタミン剤』でした。
見寺氏は長年にわたり『ユニバーサルファッション』を研究テーマに掲げ、年齢や国籍、障害の有無にかかわらず、ファッションを通じて心豊かな社会を実現することを目指して活動されています。産官学民連携のもと、子どもや障がい者に向けたデザイン指導やモノづくり教室を通して、ユニバーサルファッションの教育と普及に努めてきました。なお、本イベントのタイトルは、2020年に出版された見寺氏の著書『ユニバーサルファッション: おしゃれは高齢者・障がい者の心と身体のビタミン剤』から引用されています。
ファッション業界はこれまで若者向けを中心に企画・生産・販売を行ってきましたが、現代では50歳以上の人口が半数を占め、高齢者が全人口の3分の1を占める時代となっています。このような社会において、国籍、性別、年齢、障害の有無にかかわらず、すべての人が豊かに生活できる社会の実現が不可欠です。そのためには、ファッションにおける「ユニバーサルデザイン」の意識を高め、社会全体でその構築を進める必要があります。
本トークでは、見寺氏がユニバーサルデザインの考え方をファッションに応用した「ユニバーサルファッション」に関する教育・研究・社会活動の事例を通じて、シニアファッションの効果とその重要性について語り、今後の生活に役立つヒントを示されました。
以下に、その講演のポイントをまとめました。
氏は、ユニバーサルファッションを研究対象にした理由を、1996年に開催した「高齢者・障がい者のためのファッションショー」に遡るといいます。その際、福祉条例「寝たきりゼロへの10カ条」と出会い、その中の4項目がファッションに関連していることに気づきました。具体的には、衣服の着脱がリハビリ効果をもたらし、身だしなみを整えることで脳が活性化することが示されていました。ファッションへの関心が残存能力を引き出し、社会参加を促し、QOL(生活の質)の向上に寄与するという考えが、この条例との出会いを通じて明確になり、ユニバーサルファッションの研究を始めるきっかけとなったのです。
また、ユニバーサルファッションにおいては、ユニバーサルデザインの7原則がどのように応用されているかについて、次のように説明されています。
1. 公平性 : 体格、年齢、障害の有無を問わず、誰もが快適に着用できる衣服の提供を目指す。
2. 自由度 : いつでもどこでも手に入りやすく、アクセス可能なファッションを実現する。
3. 単純性 : 誰でも簡単に着られるよう、サイズ調整が容易なデザインを追求する。
4. 分かりやすさ : 着脱しやすさを考慮し、わかりやすいデザインや着用方法を採用する。
5. 安全性 : 視認性を高めた、安全性の高い衣服を提供する。
6. 身体への負担の軽減 : 付属品に配慮し、身体への負担を最小限に抑える工夫がなされている。
7. スペースの確保 : 適度なゆとりを持たせ、快適な着心地を実現している。
衣服は「第二の皮膚」とも称され、人の生活に欠かせない存在です。人間工学(エルゴノミクス)の一分野である被服人間工学は、人間の体に心地よくフィットし、快適かつ審美性のある衣服設計を追求する学問であり、これがまさにユニバーサルファッションの根幹を成すとされています。
ファッションの学びは、まず人間の観察から始まります。年齢とともに体型が変わり、生理機能も衰えるため、機能性を重視したファッションが求められます。人間の姿勢や動きに応じて、各部位には異なる伸度が必要となるため、衣服制作では部位に応じた適切なサイズや伸縮性を考慮しなければなりません。また、体型や姿勢に合わせた補正が重要です。たとえば、背中や腰が曲がっている人や車椅子利用者には、パターンを調整し、肌が弱い人には縫い代が外にあるデザインや無縫製のニットを採用します。さらに、着脱を容易にするためにマジックテープやファスナー等を使用し、排泄を考慮した工夫として、前ファスナーを股下まで伸ばしたデザインのズボン等が推奨されています。
次に、年齢や障がい者を取り巻く問題について述べます。高齢社会の進展に伴い、身体障がい者の数は増加しており、その中でも肢体不自由者が53.9%を占めています。その多くは、脳卒中による片麻痺や脊髄損傷による対麻痺の患者です。
氏は、彼らの体型特性を理解することで、健常者との違いが明らかになり、より多くの人々が快適に着用できる新たな衣服設計が可能になると考えました。そのため、片麻痺者と対麻痺者の男女各1名ずつ、計4名を対象に配慮した衣服制作を行ったそうです。求められたのは機能性と装飾性を兼ね備えた衣服でした。外出用の衣服には、明るい色や機能と装飾が調和した素材が望まれました。また、体型面では左右対称に見えるデザインや、座位姿勢に適した台形シルエットが好まれ、特に座位姿勢に適合した日本の形状が有用であることが示されました。機能性では、前開き、大きめのボタン、前ファスナー、ウエストのゴム仕様、伸縮性素材の活用、さらにポケットの追加が要望されました。今後も、肢体不自由者に特化した衣服設計のためのシステム開発が期待されると述べています。
2004年には、ユニバーサルファッションの理念に基づき、障がい者に対応するユニバーサルボディの開発を目指して、片麻痺の高齢女性に対応可能な可動式ボディの研究開発に取り組みました。この結果、より人体に近い姿勢を再現できるボディが表現できたといいます。
若者と高齢者・障がい者の違いについては、体型やサイズ、機能性において高齢者・障がい者の不満が高い一方で、ファッション性、社会性、経済性に関しては大きな差がないことが明らかになりました。つまり、高齢者や障がい者でも、いつまでも若々しくおしゃれでありたい、社会の一員として積極的に活動したい、高価でなくてもおしゃれな服を着たいという思いが強いのです。このことから、衣服設計には、外見だけでなく内面の心のありようをファッションで表現することが重要であると指摘しています。
さらに、ガン患者に配慮したヘアハットの調査研究にも触れます。日本ではガン患者に配慮した帽子は市販されているものの、ベーシックな筒型が多く、選択肢が少ないのが現状です。2013年のデンマークでの調査では、楽しいデザインが豊富で、アメリカでもバリエーションに富んでいました。日本は快適性に配慮した素材や品質重視で、つけ心地は他国より優れています。ファッションを楽しみ、生活の向上に役立ててほしいと述べています。
また、社会活動として、しあわせの村との地域連携や、兵庫県警との減災ファッションの推進、2005年から2023年まで実施してきた兵庫モダンシニアファッションショーを紹介しました。この活動は2016年に映画化され、ドキュメンタリー作品「神様たちの街」が全国上映されました。この作品は2018年以降、アジアから欧米へと拡大しています。2016年からは洋裁マダム(シニア)✕ ユニバーサルファッション ✕ リメイク教室を開いており、神戸の街をユニバーサルファッションのモデル都市にしようという活動を続けています。
その背景には、社会福祉国家として知られる北欧の理念が強く影響しており、北欧では人間の尊厳を重視し、自己決定や過去の暮らしの継続性、そして自己資源の開発が重要視されています。このような北欧の生活文化に学び、神戸では高齢者や障がい者が自分らしく快適に生活できるためのデザインを推進しています。これが、ユニバーサルファッションのモデル都市を目指す神戸の取り組みにもつながっています。日本ではファッションというと衣服を中心に捉えることが一般的ですが、欧米では生活全般のデザインが重要な要素とされています。北欧の生活文化においても、衣服だけでなく生活全般が自立支援に寄与していることを重視し、神戸でもその理念を体現していこうとしています。
今後の展望として、氏は、ユニバーサルファッションが生活文化として定着することを願い、ファッションを通じて「生活の向上」を実現し、さまざまな人々のライフスタイルに寄与することが大切であると強調し、講演を締め括りました。