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2020年6月17日 (水)

原 美術館「森村泰昌:エゴオブスクラ東京2020」展

 延期されていた「森村泰昌:エゴオブスクラ東京2020―さまよえるニッポンの私」展がようやく再開され、東京・品川の原 美術館へ行ってきました。
 森村泰昌は、様々な歴史上の人物に扮したポートレートで知られるアーティストですね。先般、森美術館で開催された「未来と芸術」展でも、耳切り事件を起こしたゴッホの自画像に変身した森村泰昌の初期の作品が出ていて、「エッ、これほんものじゃない」と目を丸くしたことでした。

 本展では、何と言ってもスペクタクルなのがマネの「オランピア」を題材にした2018年の大作2点「モデルヌ・オランピア」です。
Img_81231  Img_81041  ベッドに横たわる日本髪の女性は、チョーカーとブレスレットと靴だけを身につけた森村さんです。
  
Img_81081  金髪のヴィーナスも森村泰昌さん、その人です。
 
 マネがこの作品を発表したときは、スキャンダラスと批判されたといいますが、森村さん自身が絵の中に入り込んでしまうとは、ほんとうに挑発的でビックリ! 
Img_81071  同じ展示室には、両作品に使用されたセットも展示されています。
 
 上の階には、昭和天皇とダグラス・マッカーサー、三島由紀夫やマリリン・モンローのポートレート作品も出品されています。森村さんが画中の人物になりきっていて、興味深かったです。ただし、撮影は不可でした。
Img_81151   階段の踊り場から撮った「エゴオブスクラ」の部屋です。壁には、着物美女が化粧している白黒の自画像が架かっています。最初゛美輪明宏”かと錯覚しました。これももちろん、森村さん本人です。

 最後に、映像ドキュメンタリー「エゴオブスクラ (Ego obscure)」を鑑賞しました。森村さんの自作自演で、53分もの見応えのある作品です。視聴してやっと、「さまよえるニッポンの私」という副題が見えてきた気がしました。

 それにしてもなぜ森村さんはこのような仮装をするのでしょう。それはそうすることで、歴史や文化を理解できるようになるからといいます。
 冒頭、ロラン・バルトの「表徴の帝国」の「虚構としての日本」を引き合いに、日本文化の真理や価値、思想は空虚と語っていたのが印象的です。中心が空虚だから着脱可能ととらえることができるというのです。
 たとえば「思わぬ来客」という作品です。主題はマッカーサーと昭和天皇の写真で、マッカーサーを夫、昭和天皇を妻の結婚記念写真に見立てています。森村さんを始め私たち日本人はこの二人の間に誕生し、戦後を体現してきたといいます。森村さんはそこに虚しさのようなものを感じているようです。この空白感、何となく理解できる気がします。
 また「モデルヌ・オランピア」では、日本髪の女性は“蝶々夫人”をイメージしたといいます。ここでは日本人は西洋かぶれしていないで、アジア人であることに向き合うべきという意味が込められているようです。
 さらに三島由紀夫とマリリン・モンローを対にした二つの作品も、実は興味深いパロディになっているのですね。鑑賞者はアメリカとニッポンがコインの裏表という関係にあることを再認識させられるのではないでしょうか。
 
 映像の最後、三島になりきった森村さんが絶叫する場面は大迫力で、衝撃でした。
 
 各作品には一つひとつに創作の意図があり、森村さんの複雑に逡巡する考え方を反映していることが分かります。
 今という時代や社会への関心をそそる、アートなのにアートらしくないユニークな展覧会でした。

 会期は7月12日までで、鑑賞には予約が必要です。念のため。

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