会場に入る前に、特設シアターに案内されました。そこでは何と「AI美空ひばり」の上映が行われていたのです。NHKが人工知能・AIを使って美空ひばりの“神秘の歌声”の再現に挑んだ映像作品で、昨年末の紅白にも登場したものでした。
新曲「あれから」を歌う美空ひばりに、やはり違和感がありました。ひばりさんを知らない人たちに、このフェイク画像が植え付けられていくことになります。それはいいことなのか、どうなのでしょうか。昔からおなじみで鼻歌など歌っていた者としては、ちょっと気持ち悪かったです。

注目は、上の「ムカルナスの変異」というミハエル・ハンスマ イヤーの巨大な建築物です。

内部にはパイプがいっぱい垂れ下がっています。
これはイスラムのムカルナス装飾をAIによりパイプで表現したものだそう。
まるでパイプオルガンの中に入ったような空間でした。
右は、エコ・ロジック・スタジオによる建築の模型です。
3Dプリンターで作成されたもので、蜂の巣のような繊細な曲線模様が美しい!
ポイントはユーグレナ(ミドリムシ)という藻のような植物が光合成して酸素を生成すること。
建築も環境にやさしく機能することを狙った新しいプロジェクトです。
第3章「ライフスタイルとデザインの革新」 衣食住という、私たちの生活により身近な作品やプロジェクトが並んでいます。
まず「衣」では、バイオテクノロジー・アーティストのエイミー・カールの作品に目を奪われます。人体の血流など循環器系や神経系といった隠れた経路を表に出し、ファッションデザインとして表現したものだそう。ボディ内部のライトがシルエットを浮かび上がらせています。
左は靭帯と腱のドレス、真ん中は呼吸器系のドレス、神経系のユニセックスなジャンプスーツです。
また中里唯馬のオートクチュールコレクションも展示されていました。3Dプリンターやレーザーカッターといったデジタルファブリケーションを駆使し、最新テクノロジーを服飾デザインに融合させています。
一番右は、2019/20秋冬ものとして発表された作品です。スパイバー社がバイオテクノロジーを使って開発した人工合成タンパク質素材が使われています。
ファッションデザインの原理も、テクノロジーの進化とともに、このような現代とは異なるものになっていく、エイミー・カールと中里唯馬、二人の作品は、そうしたことを象徴しているようです。
次に「住」では、クラレンベーク & ドロス「ヴェールの女性 III(「菌糸体プロジェクト」シリーズより」)の椅子が興味深い。
椅子の材料は3Dプリンターと、キノコのもとである菌糸を混ぜ込んでつくったものだそう。イスの表面にキノコが吹き出していて、装飾ともなっています。
ペットロボットたちも広場を動き回っていました。ソニーのアイボもいて「お手」をしてくれたり、可愛かったです。
さらに「食」です。

タンパク質源不足に備えて、上はゴキブリを食すという、ギョッとするアイデアです。また組織培養された肉の料理なども提案されていました。
右は、電通が中心になってやっているオープン・ミール(OPEN MEALS)の スシ製造機です。
甘味や辛みなど、食品の味をデータ化して、3Dプリンターで造形化するというもの。
これによりどこでも同じものが食べられるようになるかもしれないといいます。
宇宙ステーションの中でもおスシが食べられる時代がくる、そんなデータ化された食の方向を示す作品です。
第4章「身体の拡張と倫理」 大きく「バイオ」と「ロボット」とに分けて問題提起が行われていました。
まずはバイオテクノロジーの実験をするラボ「バイオ・アトリエ」から。
上は、話題を集めているヴァン・ゴッホの切り落とした左の耳です。ディムート・シュトレーペによるDNAによって再現するプロジェクト「シュガーベイブ」の作品。ゴッホの家系を辿って、その血縁の人物からDNAを組織培養してつくった耳で、限りなく遺伝子的に近いといいます。
アギ・ヘインズによる遺伝子デザインされた赤ん坊のモデル「変容」シリーズから、赤ちゃんの身体を改造した事例。ちょっと怖い作品です。
遺伝子工学により、何でもつくれるようになる未来を暗示させる作品で、オーストラリアのパトリシア・ピッチニーニの「親族」と名づけられた彫刻です。オランウータンと人間の間にある動物の表現が、リアル過ぎて恐怖を覚えました。
上は、光輝く能衣装でアーティストのスプツニ子!と串野真也による「ANOTHER FARM」というインスタレーション。なぜ光るかというと、遺伝子組み換えされた蚕がつくる、光るシルクが用いられているからだそう。
次にロボットです。「人とロボットとの対話」をテーマにした展示が中心でした。
昨年お台場でのコンサートで、このロボットがオーケストラを指揮したそうです。人間の動きをシミュレーションしたら、どこまで人間らしくなるのかを追求したロボットのインスタレーションです。
上は、ダン・K・チェンの「終末医療ロボット」です。病人の腕をやさしく撫でてくれる「みとりロボット」で、超高齢社会の日本ではなくてはならないものになってきそうです。独りで死んでいく、そういうときにこういうパートナーがあったら慰められそうですね。すぐに登場して欲しいロボットです。
第5章「変容する社会と人間」 テクノロジーが急速に進化する未来は決して明るいものだけではないようです。ここでは豊かさとは何か、人間とは何か、生命とは何かを考察する作品を体験します。
上は、「ズーム・パビリオン」と題したラファエル・ロサノ=ヘメル&クシュシトフ・ウディチコの体験型インスタレーションです。部屋に入ると自分の姿が写されていて、ギクッとします。監視カメラがあちらこちらに設置されているのです。誰かに行動を見張られている、そのことを否応なしに意識させられます。
最後に、森美術館特別顧問の南條史生氏の言葉で締めくくります。「未来は私たちがつくるもので、我々が判断した結果の未来がもうすぐにやって来る。そのときに後悔しないためによく考えて行動しなければならない。今後大きく問われるのは環境問題とバイオテクノロジーの使い方やモラルの問題。人類が幸せに暮らせるために、どのような社会をカタチづくっていったらいいのか、それを今ここで考えていただきたい」。
未来と芸術展、未来を示唆する様々な作品を通して、どのような未来を作っていくべきか、考えさせられた展覧会でした。