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2017年6月15日 (木)

特別講演 安達市三氏が語る「ファッションデザインの軌跡」

 ファッションビジネス学会総会が文化学園大学で5月20日に開催され、恒例の特別講演会にコルクルーム代表 安達 市三氏が登壇しました。テーマは「ファッションデザインの軌跡」です。Img_78501_2 ファッション業界の担い手として、道を切り拓かれてきたご自身のデザイン活動をたっぷりと語られました。(右は安達氏。資料を前に)
 とくに既製服の黎明期から自身の企画会社コルクルームを設立された頃までの体験談は、実に生き生きと具体的で、当時の光景が眼前に広がってくるようでした。知らなかった世界の扉が開けた思いがしました。

 そのクライマックスを大きく2つ挙げて、レポートします。

 一つは、三宅一生氏とともに立ち上げた青年服飾協会のお話です。
 熊本県人吉市出身の同氏は、絵を描くのが好きで上京して早稲田大学美術学科に入学します。同時にファッションへの興味から、桑沢デザイン研究所でファッションデザインを学ぶダブルスクール生活をします。こうしたなかで知ったのが「世界デザイン会議」という日本初の国際デザイン会議でした。ここでは建築デザインは高い評価を受けていましたが、ファッションデザインはデザインとして認められないとされて、参加することができなかったそうです。そうした折り、装苑で三宅一生氏の投書を読み、彼もこのことを憤慨していることに気づきます。早速手紙を出すなどして、三宅一生氏を会長に昭和34年、青年服飾協会を創設したといいます。メンバーは高田賢三氏を始めとする錚々たる顔ぶれでした。このような方々が、ファッションデザインの地位を高め、デザイナーとしての地位を高めていかれたと思うと、感無量です。

 もう一つは、ボディ(人台)の開発です。
 卒業後入社した三菱レイヨン商品開発部で、同社の顧問デザイナーだった安東武男氏と出会います。そして同氏のアシスタントとして、オーダーから既製服へ切り替わろうとしていた業界の指導に乗り出します。立体裁断への機運が高まりを見せていた頃で、まずは既製服にこの技術を導入しようと働きかけました。しかしサイズがないと既製服はつくれません。そこで文化服装学院に協力を仰ぎ、18~30歳の女性2万人のデータを収集、それを基に5号、7号、9号、11号という奇数表示のサイズをつくったといいます。ちなみに米国のサイズは偶数表示です。
 服のフォルムも、オートクチュールのジャン・パトゥのデザインを紹介するテレビ番組で安東武男氏の助手を務め、本物を見る機会に恵まれ、毎回研究したそうです。学生時代に、三宅一生氏が新聞紙を使って立体裁断で服をつくったことも披露、これも印象に残るエピソードでした。
 工業用ボディ作成には様々な試行錯誤があったようです。米国から帰国して立体裁断講習会を開いていた大野順之助氏に、共同制作を持ち掛けます。米国ではヌードボディだけではなくゆとりの入ったボディも用いられていることが分かったといいます。そして1965年、ついに既製服用ボディ「アミーカ」を発表しました。ピンワークしやすいゆるみ入りのボディで、製造はキイヤです。その後、各社が開発に乗り出し、改良を重ねて、現在に至っています。

 この開発がなかったなら、日本のアパレル産業の急成長もなかった、そう思うとますます同氏のご尽力に頭が下がりました。
 改めて深い敬意を表します。

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