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2015年6月 9日 (火)

「山口小夜子 未来を着る人」展 

 山口小夜子といえば、1970年代から80年代、パリコレで日本ブームを巻き起こしたトップモデルです。日本人形のような可愛らしさと、妖艶な魅惑を併せ持つ、神秘的で謎めいた人でした。

Img_08931jpg  この 山口小夜子の軌跡をたどる企画展「山口小夜子 未来を着る人」が今、6月28日まで東京都現代美術館で開催されています。

 モデルとしてモード界を席巻し、「SAYOKOマネキン」がつくられて一世を風靡した後も、これほどまでにクリエーター、パフォーマーとして活躍されていたとは! 私はこのあたりのことを少しも存じていませんでした。
 2007年に57歳の若さで、まるで月に召されるように、急逝されたのですが、亡くなられてからも、若いアーティストたちに影響を与え続けています。このことを本展で知り、タイトルの通り、「未来を着る人」だったことが偲ばれました。
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 展覧会ではまず、トップモデルとしての活動が紹介されます。ランウェイでは、背が低い (とはいえ170cm) ことを気にして、つま先立ちで歩いたそうです。最初はさぞかしご苦労があったことでしょう。
 1975年に資生堂と専属契約し、時代のアイコンとなっていくのです。それまで西洋的美人の前田美波里のようなモデルを使っていた資生堂でしたが、この頃から「和」を打ち出すようになり、その格好の媒体が山口小夜子だったのですね。
 展示されていた横須賀功光氏らによるコマーシャル写真は、息をのむ美しさでした。

 80年代半ば頃になると、あやつり人形劇団結城座の人形の衣装を手掛けるなど、デザイナーとしての顔を見せるようになります。

Img_0871_1_2  彼女のアトリエ風景を垣間見て、次に進むと、「蒙古班革命」の部屋に出ます。
 これはアジア人の美意識に光を当てたプロジェクトで、その隣がDJ音楽配信活動のコーナーです。

 さらにその先の広々としスペースには、彼女がデザイン制作した山海塾の舞台衣装がずらりと並んでいます。その一部は、「リア王の悲劇」で着用されたといいます。
 カメラに収まりきれない壮大なスケールで、見ている方も、夢か現か、不思議な感覚におそわれます。
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 最後に、小夜子の遺した印象的な言葉を挙げておきましょう。
 「私は、人間は心が身体を着ているという言い方もできると思いますし、もっと言えば人間はそれをとりまくすべてのものを着ている、空気も光も。」
 ファッションを体現した人だからこそ、出てくるフレーズですね。

 時代の最先端を駆け抜けた稀有な存在、山口小夜子を、改めて思います。深い感動に包まれて、美術館を後にしたことでした。

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