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2014年8月29日 (金)

「風流ならざる処もまた風流」という禅の知恵 

 広島の土砂崩れで犠牲になられた方のご冥福をお祈りするとともに、甚大な被害に遭われた方々に謹んでお見舞い申し上げます。

Cimg5603jpg1  東日本大震災といい日本は自然災害が多く、想定外のことだらけですね。風流はこうした世の中を生きるための禅の知恵であるようです。

 もう一か月以上も前のことになりますが、鎌倉・円覚寺夏期講座で、臨済宗福聚寺住職で芥川賞作家の玄侑宗久氏の講話を拝聴しました。テーマは「風流ならざる処もまた風流」で、不様に見えるものもまた風流と思うようにすることが平穏な暮らしに繋がるといいます。
 「風流」とは「碧巖録」にある古い禅のほめ言葉で、「風」は「揺らぎ」であり、人は揺らぐ存在であることから揺らぎ方に人柄が表れるとし、禅の世界では「人柄」の意味で使われるそうです。英訳すると「A person of taste 味のある人」になるとか。先行きのことは決めないで、状況により対応する、起きたら起きたで何とかしようというのが風流な生き方だそうです。

 最近同氏が風流と思われたこととして、私たちの体内には別の生き物がいるという話をされました。それは遺伝子解読のニュースで、肝心のたんぱく質合成に関わるものは1.5%しかなく、残り98.5%は何をしているのかよくわからない。しかもそのうちの30%は人間になる前から体の中に入り込んでいたウィルスなのだそう。人体は様々なものを抱えた複合的共生体だったというわけです。「なぜ清潔な遺体に蛆がわくのか」と不思議に思っていた理由が、これでようやくわかったといいます。
 また解剖学者で昆虫に造詣の深い養老孟司氏との談話から「蝶と青虫は別の生き物で、蛹の期間中に入れ替わる」なども紹介され、「生物界って何て風流なの。おもしろい!」と思ったことでした。 

 最後に福島について、避難した人と残った人との認識に決定的な差が出ていることや、ユダヤ人のディアスボラのような状況がいつまで続くかわからないことが大きな問題になっている、と深刻な現状を語られた後、締めくくりに、今年2月に発表された短編小説「東天紅」のあらすじを聴かせてくれました。地元に残った老仏師夫婦の物語で、仏師は毎朝鳴く東天紅という鶏の声に励まされて仏像を彫り始めますが、出来上がった彫像を胸に、二人は折り重なるようにして安らかに息を引き取る、そんなしみじみとしたストーリーでした。

 いろいろなものを失うのは人生の流れであり、失った後の世をも肯定する見方も風流とする禅の思想。その奥深い精神を学んだ心に沁みる講演でした。

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コメント

養老氏の近著「自分の壁」でも「別の生き物」のこと書いてありました。面白い発想だなと思いましたわ。今度この本お貸ししますわ。

投稿: minako | 2014年9月 3日 (水) 23時06分

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