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2013年8月14日 (水)

「たとえばの話 ― 世界を『外』から満たす日本人の感性」

「日本人は、物事をたとえ(比喩)で表現することが上手」。言われてみれば本当にそうだなと思います。先般の円覚寺夏期講座で、東京大学教大学院授のロバート キャンベル先生の「たとえばの話  世界をから満たす日本人の感性」を聴講して、そう思いました。

キャンベル先生は来日されて30年になられるとか。江戸・明治期の日本文学研究で知られ、テレビでもお馴染み。以前からそのすぐれた見識に着目していました。

今回、このテーマに気づかれたきっかけは、東日本大震災が起こり、多くの日本人が震災を戦争にたとえたことだったといいます。三島由紀夫をはじめ、沢庵禅師など、日本文学にはたくさんの比喩が使われていて、これにより現実の先にある真実を、相手にわかりやすく伝えているのですね。

その例として、若山牧水の「海の声」から

「白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよう」

これは牧水自身を、孤高の一羽の白い鳥にたとえたもの。英訳で白鳥はハクチョウかどうかと悩まれたそうです。

また、石川啄木の「一握の砂」から

「或る時の われのこころを 焼きたての 麵麭に似たりと 思ひけるかな」

晴れやかな浮き立つ気分を麵麭(パン)で表現しています。このパンは、白くてふわっとしたコッペパンではないかと思われ、外国にはあまりないパンといいます。
 

たとえばの話には、押し付けでない余白があって、それが現代作家の作品に生きているとも。

イメージを結べる比喩、うまく使えるようになりたいものです。珠玉のお話に感謝です。Cimg51941

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