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2012年9月 2日 (日)

特別陳列「夢窓疎石と鎌倉の禅宗文化」

 Cimg79661_4  神奈川県立歴史博物館で、鎌倉にゆかりの深い夢窓疎石の特別陳列「夢窓疎石と鎌倉の禅宗文化」が開催されています。円覚寺雲頂庵のご住職から、本展のご案内をいただき、早速行ってきました。
 
 最初に目に飛び込んできたのは、鎌倉・瑞泉寺にある夢窓疎石の開山像です。ちらしにも使われている寄木造りの座像で、袈裟の後方に柿の蔕(へた)の紋様が確認できるといいます。夢窓疎石は後に京都・天竜寺を開山しましたが、天竜寺の頂相(禅宗の祖師像)にも同様の柿の蔕紋と花紋を交互に配した模様が見られ、これは瑞泉寺の彫像と同じ袈裟ではないかとみられているそうです。しかも弟子の無極志玄の頂相にも同様の紋様があることから、同じ衣が弟子から弟子へ、代々受け継がれていったと考えられているとのことでした。
 ところでこの展覧会が催されるきっかけとなったのは、相模原市津久井の光明寺にある開山像の初公開でした。この修復が2年前に完成し、お披露目が計画されていたというわけです。修復された田相には、夢窓疎石の印紋である団龍紋が見られるとのことでしたが、そう言われて見れば確かに丸い紋があるようでした。 
 この津久井・光明寺は、甲斐と鎌倉を結ぶ中継地にあり、夢窓国師はこの地に宝積寺という名の寺を建て、それが後に光明寺と改名されたといいます。しかし文書によると、鎌倉・山崎にも宝積寺の記述があり、場所は現在、山崎天神社のあるところというのです。宝積寺が二つあるというのは変ですが、昔は都と郡の二か所に設置されたことが間々あったそうです。
 実は私は鎌倉市在住で、山崎は近所です。これはぜひ訪ねてみたいと思いました。
 
 夢窓疎石(1275~1351)は、鎌倉末期から南北朝、室町時代にわたり活躍した禅僧で、全国各地に寺を創建し、庭園をつくり、現在の日本文化の基礎を築きました。この夢窓国師を「日本のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と称する人もいます。後世に枯山水といわれる「禅の庭」を創造したその世界観は、ダ・ヴィンチに通じるところがあります。しかしダ・ヴィンチよりも170年あまりも前の時代に、このような境地を切り開いた日本人がいたのです。展覧会でこの事実を目の当たりにし、改めて日本文化のすばらしさに胸をうたれたことでした。
 

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